読書ラジオを50回続けて。
2020年3月に始めたPodcast「本屋になれなかった僕が」、節目の50回配信を迎えた。
タイトルの通り、僕は本屋に勤めているわけではない。出版や編集に携わっているわけでもない。ただ読書が好きなだけ。
これまで、たくさんの本から刺激を受けてきた。大袈裟でなく、僕の仕事観や人生観に繋がっている。
今だって誇れる人生ではないけれど、日常的に本を読む習慣がなかったら、僕の人生はもっと味気ないものになっていたはずだ。
ことわっておくと、「本を読まない人生」を否定したいわけではない。本を読まなければ知らずに済んだ余計な知識だって、存在すると思う。「あまり知識がなかった」ことで思い切ってアクセスを踏むこともできる。知識があることでアクセルを踏めず後悔するよりも輝かしい。そうやって積み重ねてきた人生は、揺るぎなく尊い。
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話は逸れるが、先日SNSで「分水嶺と分岐点の意味が似ている。だったら、どちらでも良いのでは?」というツイートを目にした。確かに「分かれ目」という意味合いでは、類似している。
僕は上手く言えない。しかし優れたテキストというのは、分水嶺と分岐点を100%完璧に使い分けているものではないだろうか。
Aという文脈では分水嶺になり、Bという文脈では分岐点になる。それが逆に配置されていたら、そのテキスト(と作品)は一気に魅力を失ってしまう。
その機微は、乱暴な言い方をすると書き手の感性や知性に基づいている。だがその多寡をあげつらねて、人を優劣で評価するのはそれこそナンセンスだ。
ただ僕は。言葉が、文章が、本が、読書という行為が好きなだけ。
これが50回配信を続けて、ぼんやりと再認識した感覚だ。
以下、気付いたことや僕自身の変化についてざっと書いてみたいと思う。言葉を大切にしている「あなた」に届くと嬉しい。
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本への向き合い方が変わった
毎週1回配信することで、読書の仕方もかなり変わった。
・どういう本を選書するか
・偏りはないか(内容、著者の性別、ジャンル、難解さ等)
・何が書かれているか、何を話すか&何を話さないか
自分が読みたい本をベースにしているが、そのまま選書すると偏りが生じる。読みたいという衝動や意欲は、かなり短期的な観点を含有している。将来を見据えた選書が疎かになっていた。
なので今は、2〜3ヶ月先まで、配信予定のリストを作っている。「読みたい」だけでなく「読むべき」だと考えて据え置いていた本もある。(時々(というか頻繁に)、好奇心が割り込むこともあるけれど)
いずれにせよ「どんな本を読みたいのか」「なぜ読みたいと思っているのか」を考えるのは、僕自身のインサイトに深く向き合う思考だということが分かってきた。
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配信・発信する楽しさを再認識した
僕のラジオは、僕の一人喋りだ。
今までゲストを呼んだことはない。呼ぼうと考えたこともあったが、何となく調整が先延ばしになって実現していない。
配信前、僕の拙い音声だけでコンテンツが成立するのか不安だった。
だが結論から言うと、拙い拙くないはさておき、自分が考えていることを、自分の声で配信すること・発信することはとても楽しかった。
考えを言葉にすることは、「書く」であれ「話す」であれ大きく変わることはなかった。「もっと上手く話せたかも」という感覚は常に味わうものの、それは書くときとて同じこと。
発信することが「楽しい」と感じる人は、テキスト、画像、動画、音声など、特性を自然に切り替えながら配信できるはずだ。
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聴く人の存在を感じることで、リズムが掴めてきた
予想以上に音声コンテンツは競争が激しかった。当初の再生数は10〜20回/週という感じ。
Podcastは典型的なストック型コンテンツなので、配信数が増えるにつれて、再生数も伸びていく。再生数は目標にもモチベーションにもしていないのだけど、聴いてくれる人が増えることは純粋に嬉しい。
有難いことに、新しいエピソードを配信してすぐのタイミングで再生数がカウントされることも増えてきた。「コンテンツをフォローしている方が、配信直後に聴いているんだ!」という実感だ。
話は上手くならないが、不思議と、聴き手とのバランス感覚が芽生えてきた。顔が見えない聴き手と、その場でセッションするように声を重ねていく。「慣れ」かもしれないけれど、何となくリズムのようなものは掴めてきたかもしれない。
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それでも、続けるのは大変だ
自分の好きなこと、楽しいことを配信できるのがSNSの魅力だ。それでも「読書ラジオ」というコンテンツを毎週続けていくのは大変だった。
仕事や育児などをこなしながら、それなりの分量の読書に勤しむ。「わー、今日木曜日じゃん!」と焦り、舌足らずな状態で収録したことが何度もあった。
実際に、同時期に始めていた他Podcastが、しれっと更新停止になっていたこともある。個人、グループ、法人と様々な配信方法があるけれど、人の調整やモチベーション維持が困難になることはとても理解できる。stand.fmのライブ配信はリスナーとの直接双方向でのやり取りできるし、そっちに移行することだって妥当な判断だ。
いずれにせよ、日付が2020年のままアップデートされないPodcastは、音声配信する側の人間として複雑な気持ちになる。音声配信は気軽に始められるけれど、続けるのはなかなか大変なのだ。
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おまけ+これからのこと
Podcastは驚くほど簡単に始めることができる。
登録はやや面倒だが、それさえ済んでしまえば配信手順は以下4ステップだ。
1. MacBookのボイスメモで収録
2. 動画編集ソフト「Final Cut Pro」で編集
3. ポッドキャスト作成ツール「Anchor」に登録(木曜16時に配信予約)
4. 配信後、SpotifyやApple Podcastなど各種リスニングプラットフォームへの配信が自動で行なわれる
2は、僕がたまたまソフトを持っていたので使用しているだけであって、音声配信だけであればiMovieなど無料ソフトを使用するでも問題はないと思う。BGMはSoundCloudより商用利用可能な音源を拝借している。マイクなどの機材は一切購入しておらず、普段使いのマイク付きイヤホンで事足りている。
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そんなこんな、50回撮り貯めたPodcastは以下の通り。
■Spotify
■Apple Podcast
■Google Podcast
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最後にお知らせ。
50回配信をきっかけに、バージョンアップを図ります。
これまで週1回配信だったのを、週2回にします!
(毎週月曜8:00〜、木曜16:00〜)
本を読むのは大変だけど、話したい / 紹介したい本はたくさんある。50回放送で取り上げた「100分 de 名著」テキストはシリーズ化して届けたいとか、企画の幅ももっと広げたい。週2回の方がやれることは確実に増える。
また、僕の中で、「せっかくだから、特別なことをしよう」という感覚が芽生えてきた。いわゆるサラリーマンが片手間に趣味をやるのであれば週1で十分なのだが、それだとあまりに普通すぎて。週2回、一人喋りを続けることで見える世界があるかもしれないと思ったのだ。(普段聴いているPodcast「ゆとりっ娘たちのたわごと(通称 #ゆとたわ)」にも影響を受けた)
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これまで、それなりの負荷がある中で続けてくることができた。
だから、週2回配信もできる!という緩い確信がある。確信があったからと言って「面白くなる」とは限らないが、ぜひ、時々遊びに来てくれると嬉しい。
(1回目配信から順序良く聴いていただく必要はありません!気になる本があれば、それをパラパラとめくるような感覚で聴いてみてください)
世界一敷居の低い読書番組で、あなたをお待ちしています!
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