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地元で生まれ、地元で育つ。

GW、公園で遊んでいたら、息子が小学校の友達と遭遇した。

ご両親も来ていたので、ご挨拶。「堀さん、若いですね。20代ですか?」なんてジョークを真に受けそうになりつつ、世間話に。聞けば、そのお父さんは42年間ずっと地元で生活していたとのことだ。

この辺に、良いとこなんてねえっすよ〜

なんて謙遜でなく答えるから、「いやいやいや!」と夫婦(+義母)で引っ越した立場での土地の魅力を伝えた。我々の勢いに目を丸くしながら「そうっすか」なんておっしゃっていたけれど、いまいち、ピンときていない様子。

なるほど、でも、そういうものかもしれない。

僕も18歳のときに、大学進学をきっかけに地元を離れた。それまでは、地元の良いところなんて何ひとつ思い浮かばなかった。首都圏で20〜30代を過ごし、40歳を間近に控えている。妻と息子ふたりと生活する中で、「ああ、地元って『ちょうどいい』場所なんだったんだな」と気付けた。

家族とか、地元とか、あまりに身近なものの良さはだんだん「当たり前」になってしまう。僕も例に漏れず、「当たり前」になっていく物事に対して、若干の後ろめたい気持ちを抱いていた。人によっては、日々の生活の中で、「これは『当たり前』じゃなくて、『有り難い』ものなんだよ」と気付けるのだろう。

でも、僕はそうではない。いや、多くの人にとって「当たり前」化は避けられないのではないだろうか

必要なのは、比較(客観視)できる対象を持つこと

つらつらと過去の記憶を探りながら、それっぽいことを記してみようと思う。

*

真っ先に思い浮かんだのは、高校受験の模擬試験のこと。

中学校の頃、(幸運というべきか)学年でそれなりの成績を収めていた。定期テストでは、基本的には上位の方だったと記憶している。ぶっちぎりでトップ1, 2をとっていたふたりを除けば、第2集団あたりには属している。それでも、それなりに「頭いいね」なんてチヤホヤされていたのだけれど、中学3年生になって学習塾に入ったときに頭をガツンと殴られたような経験をした。

塾内模試において、県内の同じ塾生の中で、僕はトップ50にすら入れなかったのだ。

上には、上がいる。

在籍している中学校では上位だったが、県内では「まあ、それなりに成績が良いやつ」くらいのレベルで。塾内模試でよく見る名前の同級生を勝手にライバル視して、受験勉強に励んでいた。当然ライバルたちも勉強に励むわけで順位に大きな変動はなかったけれど、何とか志望校に合格することができた。それは、自分の実力を客観視できたからだと思う。

これは「自分の実力が足りない」というパターンだが、社会人になって専門性を高めた際に「意外におれのスキルって、汎用性が高いかも」と思うケースも時折、発生する。

ひとつの会社でうようよ仕事をしていると、それは業務プロセスにおける歯車のひとつと化していき、同僚も含めて「当たり前」化されていく。何ならちょっと調子を落としただけで糾弾されることもあった。

だけど転職したときに「あんまり期待してなかったけど、堀さんって意外にスキル高くて儲け物だったと思ったよ」なんて、喜んでいいんだか良く分からないフィードバックを受けた。(飲みの席で)

フィードバックを受けられただけ、マシだったと思う。むしろ、めちゃくちゃ幸運だったのだろう。

前職まで当たり前のようにこなしてきたことはそれほど評価の俎上にあがらず、部署内評価によって給与が決定されていたのに、その上司は僕のスキルに及第点を与えてくれたのだ。

前職はなかなかハードな職場だったけれど、何とか4年間仕事ができたのは、入社して数ヶ月経ったときに受けた彼のフィードバックのおかげだったように思う。

*

だいぶ話がズレたけれど、今、住んでいる土地に魅力を感じているのは、僕が大学進学だったり就職だったり、色々な土地で生活を経験してきたからだ。地元でずっと生活していたら、今の土地の魅力には気付けなかっただろう。

もちろん、地元で生まれ、地元で育ってきたからこそ分かることもたくさんある。ただ少なくとも、僕はそうやって生きてこなかった。

大事なことは、未来において、僕の経験と彼らの経験をうまく融合させることだ。僕が気付けたことと、彼らの見ている景色を組み合わせることで、新しい価値が生まれるかもしれない。

そんな化学反応が起きるのは、もうちょっと先だろうけれど、そんな予感はひしひしと感じている。何が生まれるのだろう。息子を介してかもしれない。

いずれにせよ、楽しみである。


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