見出し画像

危険運転致死傷と東名高速のあおり運転事件

 横浜地方裁判所で、いわゆる東名高速あおり事故の裁判員裁判が始まりました。昨年6月に東名高速道路で危険な「あおり運転」を行い、相手方の車を追い越し車線上に停車させた後、その後からきたトラックに追突されて死傷者を出す結果に至ったものです。

 この事件の被告人を検察官は「危険運転致死傷」の罪で起訴していますが、弁護人はこの罪は成立しないと主張しています。

 既にこの事件について詳しい方はこの記事を読んでいただく必要はないと思いますが、この「危険運転致死傷」の罪の問題について考えてみましょう。

「危険運転致死傷」についての条文は?

 危険運転致死傷は、飲酒運転による事故で子どもが死亡した痛ましい事件をきっかけに、一定の危険な状態で車を運転することによる事故について厳罰化を求める世論が高まり制定されました。
 その後何度かの法改正を経て、現時点では、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」に定められており、今回の事件に関係する条文は次の通りです。(関係ない部分は「略」)

第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
 一 (略)
 二 (略)
 三 (略)
 四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
 五 (略)
 六 (略)

条文にあてはまるのか?

 さて、この事件について報道された範囲で考えた場合、被告人の行為と結果はこの条文に当てはまるでしょうか。

 まず、被告人は高速道路上で被害者の車両を追いかけ、追い越してその前に停まり、被害者の車両が停車するようにさせたということであれば、「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入」という部分には当てはまると言えるでしょう。
 また具体的な速度はわかりませんが、高速道路上の走行であるからには、「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転」したと言えるのでしょう。

 こう考えて見ると、問題なく上記の条文に当てはまって危険運転致死傷が成立するようにも思えますが、あと一つ、重大な要素が残っています。それは、上記の行為を行い、「よって」人を負傷または死亡させたかどうかという点です。「よって」というのは、因果関係があることを示す表現です。つまり、被告人の危険な運転行為と被害者の死亡や負傷との間に、そもそも因果関係はあるのでしょうか。
 (なお刑法学では「因果関係」について複雑な議論がありますが、ここでは立ち入りません。)

 この件で被害者を死亡させたのは、後方からやってきたトラックによる衝突です。しかも被告人の車に同乗した女性の供述によれば、既に被告人が被害者とのやりとりを終えて、自分の車に戻ってから衝突したということです。
 いずれにしても、被告人の危険な運転による走行で直接的に衝突などの事故が発生して被害者が死亡したというわけではありません。危険な運転行為がいったん終了した後の状況で、第三者が衝突したために死傷の結果が発生したのです。

 このようなケースでも、被告人の危険な運転と、被害者の死傷という結果との間に、この法律の条文が想定しているような因果関係があると言えるのでしょうか。

被告の危険な運転と被害者の死傷に因果関係はあるのか?

 このブログ記事で結論を出すことはしません。ただ弁護人であれば、被告人の刑罰を少しでも軽くする努力をするのが職務ですから、例えば「危険な運転が終了して、両方の車両が停車して時間が経った後に、後から来たトラックが衝突して被害者が死傷したのだから、危険な運転と死傷の結果の間に因果関係はなく、危険運転致死傷罪は成立しない。」などと当然主張するところでしょう。実際に本件の弁護人は因果関係を否定していることが報道されています。

 逆に、危険運転致死傷の成立を主張する立場に立った場合は、どのように考えるべきかといえば、例えば次のような説明が一応は考えられるでしょう。
 まず、被告人は被害者を高速道路上で停止させることを最初から意図しており、危険な運転行為(走行妨害)を行うことで、狙い通りに被害者を高速道路の追い越し車線上に停止させたのですから、「被害者を追突の発生の危険がある場所に停止させた」というところまでが、被告人の一連の走行妨害によって引き起こされた事態と考えることになります。被害者側は、被告人によって走行を妨害された結果、危険な場所に停車せざるを得なくなったわけです。

 そして、走行妨害によって追突の発生の危険がある場所に被害者を停止させて、実際にその危険が実現した形となってトラックに追突され、被害者が死傷したのですから、被告人の走行妨害と、死傷の結果との間には因果関係があり、上記の条文の通り「人又は車の 通行を妨害する目的で…自動車を運転する行為」によって被害者を死傷させた、と考えるわけです。

本来想定しているはずの事案とは違うが・・・

 理屈では一応このように考えることができるのですが、ただ条文を素直に読めば、やはり「自動車を運転する行為」の最中に死傷の結果が発生していると解釈するのが自然ではあります。
 危険運転致死傷の罪が制定された当時は、危険な運転で自分の車両と被害者の車両を衝突させるなどして直接的に死亡させるようなケースが想定されていたわけで、今回のように、危険な運転→いったん停車→その後で第三者が衝突、という流れの事故は想定外だったでしょう。
 いずれにしても判決に注目するしかありません。


よろしければお買い上げいただければ幸いです。面白く参考になる作品をこれからも発表していきたいと思います。