シチューと記憶の話
先日、食卓にシチューが出てきました。
白いクリームさんの方です。
ブロッコリーが熟しすぎていたらしく、煮込んでる際にあれよあれよと分裂に分裂を重ねていってしまい、新しい感じになってしまった。ここまで分裂することなくない?仲良くしてほしい
と妻が言っていた、現在の我が家で初登場のクリームシチュー。
ブロッコリーが隠れる気が無い、隠し味みたいになってて美味でした。
そう言えば、飲食店等でクリームシチューと出会ったことが無い気がする。
実家ではよく食べていた記憶がある。
でも、18歳で東京に出てきてから会ってない気がする。
記憶は曖昧で、思い出せないだけかもしれないし、その場所に行ったら、ふと思い出すのかもしれないが、思い出せる記憶としては食していない。
実家では良く食べていて、記憶の中ではこんなに身近な存在なのに。
ビーフさんの方とはたまにめぐり逢い、パスタやハンバーグと並び、メニューを決める際に、俺が旨いに決まってるだろ、早く俺を選べと惑わせてきます。強気なビーフさんにいつも優柔不断にさせられています。
それに比べて、クリームさんの方は巡り合ったことが無い。
こんなに身近な感じがするのに。
何か秘密があるんじゃないかと思い、調べてみた。
多くはないが都内にも結構扱ってくれているお店はあるみたいである。
世界は広く、自分の知識が狭い。
会いに行こうともせず身近に感じてごめんなさい。
と言うことで、久々の再会でした。
写真を見て、おっ?と思った方もいるかもしれません。
そうです。
写真の中では申し訳なさそうに、ちょこんと写っているご飯。
ご飯とクリームさんは共にはいますが、同じ皿にはいません。セパレート派です。
クリームシチューを食す時、論争を巻き起こすのはご飯と一緒に食べるか?そして、食べる場合はカレーのようにご飯に掛けて食べるのか、分けて食べるのか。
我ながら下らない論争なのではないかと疑念は拭えなかったのですが、シチューをご飯にかけるかどうかで別れ話になり、結果別れたという記事を見つけたので、馬鹿に出来ないと考えを改めた次第であります。
幼い頃、実家ではご飯にかけて食べていましたが、先日は分けて食べるのが当たり前だよって顔で食べました。
大人のはき違えです。
調べてみたら、ネットの情報によりますと
分ける派が58%、かける派が42%とのこと。
何とも微妙というか、絶妙な結果であります。
たまに発症する不思議な探求心が沸き、自分の身近な人にもアンケートを取ってみました。
5人ぐらいに送ったあたりで、何をやっているんだとの思いが沸いてきたのは否定できません。
いきなり、ご飯とシチューって一緒に食べる?その場合、かけて食べる?セパレートする?と意味不明なラインが友人から送られてきたら、自分だったらブロックも視野に入れる。
でも、記事にあった別れてしまった方の為にと意味の分からない使命感と、既に送ってしまった5人のうち2人が何の疑問の無いように、
セパレート!とか
一緒に食べない!
とか何に勢いをつけようとしたのか、ビックリマーク付きで返信があったのでこの論争から後に引けなくりました。
58人の知り合いに聞いた結果(中途半端な数字ではありますが)・・・
かける派24人。
分ける派22人。
そもそも一緒に食べない派12人。
絶妙であります。
ちなみにシチューの質問の流れで
お好み焼きとご飯を一緒に食べるか?
うどんとご飯を一緒に食べるか?
も聞いてみました。
お好み焼きは一緒に食べる派が19人
うどんは9人。
シチューに比べるとご飯とはやや不仲でした。
パンと一緒に食べるかも聞いてみたくなりましたが、流石に辞めておきました。
あくまで、自分の周りの人間に対する調査で、偏見ではありますが食の偏りが意味不明な人間が多いので信憑性は低いかもしれませんので悪しからずです。
そして、このご時世の中、ラインで急にこんな質問を送られてきた友人達に自分が心配されてないか不安です。
ある友達は料理研究家にでもなるん?と心配されました。
料理研究家の方に申し訳ない気持ちまで出てきました。
ちなみに2名ほどには既読無視されています。
色々不安です。
何故、note二発目の投稿とキナリ杯という大きな大会にこのシチューの話を長々と書いたのか。
脱線に力が入ったのは言わずもがなで、自分でシチュー作ってみようかなとか何か結果的にいい脱線になりそうな感じではありますが(料理を全くしないので)、
初志貫徹は大事だと幼少期から学んできたので(飽き性で三日坊主の奴とは結構仲のいい関係です)、その精神を遂行致しますと
シチューに関する呼び起こされた記憶について
書いてみようと思ったからであります。
記憶とは不思議だとな、様々な拍子に思うことがあります。
舞台でも扱ったこともありまして、少しは勉強もしました。
懐かしいと思うこととか。
懐かしいって思うことはその事柄に対しての記憶が必然的にある訳で。
寂しさを伴う懐かしさとか
逆に温かい感じになる懐かしさとか
当然の如く、記憶の種類によってその感じ方は変わる訳で。
美化されているんだろうなって思う記憶とか
卑下されているんじゃないかって思う記憶とか
思い出さなくても覚えてる記憶とか沢山あるんだろうなぁって
何か一人迷路をぐるぐる行ったり来たりすることもあります。
と言っても、自分も記憶力はいい方では決して無く、一昨日の晩御飯を思い出すのに時間が掛かったりします。
友人のTwitterに一番昔の記憶を教えて下さいとあって、何だっけ?って、一番昔がどれだか分からないのが現状でもあります。
恐らく、保育園で園長先生と二人きりだった記憶か、保育園で中野君が格好良く階段を駆け上がってる光景かなと。
この中野君が非常に格好良かったのである、何かマントみたいなのを身につけていて、それを風になびかせながら階段を駆け上がっていて。
でも、保育園である。
何故、マント?
記憶とは不思議である。
そんな中でのシチューの記憶。
シチューをきっかけに思い出される記憶。
それは小学校低学年の頃の朧げな記憶であります。
美化されているのか、卑下されているのか、ありのままなのか不確かな記憶。
何か大層な感じがしてきましたが・・・
単純に母親とシチューでケンカをしたことがあるなというお話。
九州の宮崎で生まれ育ち、姉・自分・弟の三人兄弟。
真ん中気質を存分に発揮したようで。
かなりの我儘で捻くれボーイ。
親戚の集まりで機嫌が悪いと食卓が荒れる。
構ってちゃんの極み。
注目を浴びたいのに、急にシャイボーイ。
めんどくさかった。
ご飯が炊きたてじゃないと不貞腐れる。
魚料理だと不貞腐れる。
お弁当は白米ではなく、ピラフやチャーハン等の味付けじゃないと不貞腐れる。
きっと不貞腐れる理由を探していた。
とにかくめんどくさかった。
等、人格否定すれすれの言いすぎじゃないってぐらい親戚のみんなが口を揃えて言い、自分でも恥ずかしいぐらいの十分な自覚ありです。
甥っ子が自分に似ていると言われると、甥っ子に若干の申し訳なさを感じたりもするぐらいであります。
名誉のために書きますと、恐らく半分以上は解消されています。
大学入学までの18年間、家族とはほぼ毎日同じ屋根の下で生活をしていたので、記憶力の乏しい自分でも当然のように多くの記憶がありまして
家族関連の大きな記憶を今更ながら命名すると
自転車暴走金網事件
モスバーガー配達事件
教科書隠ぺい事件
父、バットを投げる事件
金魚、台風放魚事件
昭太で投石事件
しょうま、フォークで窓ガラス事件
ジャガーズ一致団結事件
姉、臨界点突破事件
ボールが丸から楕円になった事件
修学旅行どこ行った事件
ミール、母に牙を剝く事件
等、多数ある中(機会があれば書いてみようと思いますが)の一つが
シチュー白く無い事件であります。
小学校低学年だったと思います。
学校から帰ってくると、今日の晩御飯何?といつも聞いていて、肉料理だと上機嫌に、魚料理だと不機嫌になっていました。
書いていて母に同情してきました。ごめんなさい。
今では魚料理は好物です。
そんな魚料理不貞腐れ野郎も多くの子どもが好きなように、カレーやシチューが大好物であり、その日は晩御飯何?と聞いたらシチューと返ってきたので、その日はルンルンの上機嫌の極みでした。
とにかく自分の子ども時代は視野が狭かった。
宮崎という、土地柄も余計にあったのかなと。
学校の先生は敵か別世界の偉大な人だったし、警察の人は完璧だと思っていたし、親もどこかしらで完璧であると思ってる節がありました。
歳を重ねると、友人が親になったり、絶対教師にならないと思っていた友人が教師になったりと、子どもの頃聞いたら絶対信じなかったようなことが起こっていて、今ではそうだよな、人間だものと思ったり出来るくらいにはなりました。
そんな魚料理不貞腐れ視野狭野郎は当時シチューは白いシチューしか知りません。
シチューはクリームシチューが全てであって、ビーフシチューはシチューでは無く、存在すら知りません。
白いシチューが全てだったのです。
世界は広く、自分の知識が狭いことすら知らなかった。
その日、白いシチューを心待ちにしていた不貞腐れたい視野狭少年は、食卓に運ばれてきた料理を見て、母に問いました。
これ、何?
もうこの質問の時から不貞腐れ度はマックスに近かったと推測される。
母はシチューだよと答える。
出てきたのは、堀之内家初登場のビーフシチュー。
白では無く、茶色。
白いシチューしか知らないほぼ不貞腐れた視野狭少年は
これはシチューじゃない
やばいと思った姉がシチューだよと助けに入るが、完全に不貞腐れた状態に近い視野狭少年は聞く耳を持ちません。
今日シチューだって言ったのに。嘘つき!
反論する。
でも、間違いも紛れもなくシチューなのである。
お互いにとって理不尽である。
だって母にとってはシチューではあるし、少年にとっては白いカレーみたいなものなのである。
父は残業だったのか、不在だったのが悔やまれる。
そこからは母VS不貞腐れ切った少年の攻防である。
これはシチューじゃない。
シチューよ。
だって白く無い。
白く無いシチューだってあるのよ。
嘘だ。これはシチューじゃない。
だからシチューだって。食べてみて、美味しいから。
嫌だ。白くないと食べたくない。
このやり取りを恐らく5回ぐらい繰り返したはずである。
稀に見る傍観者からはくだらなく、当事者からしたら重大な対決である。
書いていてもくだらないの極みではありますが、当時の自分と母にとっては大事件であったのであります。
いや、くだらないのですが。
書き始めちゃったんだから仕方ない。
でも、星野源さんの名曲「くだらないの中に」でもくだらないの中に愛があると言っているように、大事件として捉えたい。
正直、このようなやり取りは日常茶飯事だったのですが、この事件の事をシチューを見た時に思い出したのはきっと理由がありまして。
母はこの不貞腐れボーイの対処には慣れていて、いつもは「はいはい」とか「食べたくなったら食べなさい」とかイライラしながらも仏のような対応をしていました(今となっては相当なストレスだったんだろうな、と推測出来るぐらいには成長しました)。
しかし、この時は
じゃあ、食べなくてもいい!!
と感情をフルマックスに露わにしたからである。
それはそれは、鬼のようであった。フルマックスの鬼である。
顔真っ赤にして、泣きそうでもあって。
姉も驚いていた。
そして、不貞腐れているけどビビった少年は部屋に閉じこもる。
相当ビビったのだが、全面に押し出した不貞腐れを引っ込める勇気が無かったのだと思う。
何度も登場しますが、自分の記憶というのは曖昧でして
その後の思い出せる記憶は母に激怒され何時間か後(恐らく)に、泣きながらそのビーフシチューを食べて、あれ?美味しいと思った記憶なんです。
間に何があったのかを思い出せない。
そこにはかなり時間が経ったはずなのに家族が全員いるんです。
母も一緒に食べていました。
これも正しい記憶なのか、正直分かりません。
でも、母とケンカをしたという記憶と姉が心配そうに見ていた記憶は確実にあって。
思い出そうとしても、思い出せないんです。
だから想像してみることにしました。
母もきっとビーフシチューを初めて出すのをドキドキしていたのかもしれない。(クリームシチューより、ビーフシチューの方が家で出すとなるとちょっとオシャレな感じがしますし)
どこの家庭もあるように少なからず問題は抱えていた中で、楽しみの一つとしてビーフシチューを出したのかもしれない。
それを不貞腐れボーイが想像以上に反論してきた。
時間をかけて、喜ぶと思って作った料理を白くないってだけで、シチューじゃないと言ってきた。
・・・そりゃあ、怒るわ。
そして、父が帰ってきた。
事情を聞き、我が息子ながら呆れて話をしに来る。きっと姉も一緒に。
空腹で耐えられなくなっていて、不貞腐れを引っ込めなくなっている少年は、シチューとは認めないけどまぁ不貞腐れを引っ込めてやってもいいぞと打診に乗る。
母はそれを待っていて、一緒に食べる。
想像以上に美味しかったビーフシチューは少年を少し不貞腐れから解き放ち、世界を少し広げ、見事ビーフもシチューの仲間入りを果たす。
そして、今後の人生でハンバーグやパスタと並び、メニューを決める際に優柔不断にさせる要因となる。
何かあながち間違っては無い気がします。
明確な記憶と不確かな記憶。
どちらも大事に思う。
シチューと記憶の話。
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