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【執筆記事アーカイブ】侯孝賢映画祭、渋谷で開催 (2006年掲載)

 台湾が誇る映像クリエイター、侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督の新作映画『百年恋歌(原題:最好的時光』公開に先駆け、シネマヴェーラ渋谷では9月30日から「百年の恋歌・侯孝賢──ホウ・シャオシエン映画祭」が開かれる。話題の新作と過去の名作の公開を前に、侯監督の経歴とその魅力について改めて振り返った。

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■台湾ニューシネマの旗手として
 1980年に『ステキな彼女(原題:就是溜溜的她)』で監督デビュー。83年には、台湾映画界における新たな潮流「台湾ニューシネマ」出発点の一つとなったオムニバス映画『坊やの人形(原題:兒子的大玩偶)』に参加した。

 その後も、『風櫃の少年(原題:風櫃來的人)』や『恋恋風塵(原題:戀戀風塵)』など、青少年の視点で台湾社会や家族を描いた作品を発表。これらが高い評価を得て「台湾ニューシネマの旗手」として注目を集めるようになった。
 そんな彼の名を世界に轟かせ、台湾映画界の歴史を塗り替えた作品が、89年の『悲情城市』だ。

 作品のテーマとなった「二二八事件」(47年に発生した国民党政府による住民弾圧)は、撮影当時戒厳令下にあった台湾では、公の場で語ることがタブー視されていたが、侯監督はあえてこの事件をテーマに選び、中華圏作品として初めてベルリン映画祭金獅子賞を受賞。彼自身や台湾映画界に対する世界の評価を高め、台湾当局の映画統制が弱まるきっかけを生み出した。

■新たなテーマに次々と挑戦
 その後も台湾、そして世界の映画界に大きな足跡を残してきた侯監督。『悲情城市』の後に制作した『戯夢人生』では日本による植民地時代を、『好男好女』では白色テロ(50年代に起こった国民党政府による反対派狩り)をそれぞれ描き、これら「台湾現代史三部作」で「歴史の闇」を浮かび上がらせることに成功した。

 『憂鬱な楽園(原題:南國再見、南國)』では、初めてドキュメンタリー的手法を使ったロードムービーに挑戦。現代の大都会で暮らす女性の恋愛模様を幻想的な音楽と共に描いた『ミレニアム・マンボ(原題:千禧曼波)』、小津安二郎監督生誕100周年を記念して日本ロケ・日本人キャストで描かれた『珈琲時光』など、次々と新たなテーマの作品に意欲的に取り組んでいる。

■独特の映像表現で観客を魅了
 侯孝賢作品を見た方の中には、スクリーンいっぱいに広がる美しい風景や、独特のリズムで展開される物語の世界に魅了された方も多いのではないだろうか。彼の作品の大きな特徴は、こうした美しいロングショット、説明的なセリフ表現の排除、音楽・音響へのこだわりなど、観客を物語の世界に引き込むための工夫が随所になされていることであり、新たな映像表現への挑戦は今も続けられている。
 どこか懐かしさを覚えるような美しい田園風景や都会の喧騒の中、ゆったりとした時間の流れで展開されるストーリー。それはまるで、実際に作品の世界に足を踏み入れてしまったのかと錯覚するほどで、「映画鑑賞」を「映画体験」へと昇華させてしまう侯監督ならではの映像描写がそこにある。

■新作『百年恋歌』について
 そんな侯監督の新作が、三つの異なる時代の恋人たちの人間模様を描いた『百年恋歌』だ。この作品は、1966年の高雄を舞台に、ビリヤード場で働く少女と兵役入りを控えた青年との恋を描いた「恋愛の夢」、1911年の台北の遊郭を舞台に、革命を志す文人と芸妓の淡い恋を描いた「自由の夢」、そして2005年の台北を舞台に、傷ついた若者たちの行き場のない恋を描いた「青春の夢」の三つの物語から構成されている。

 3世代の恋人たちを演じるのは、中華圏を代表する女優の一人である舒淇(スー・チー)と、今回が侯監督作品初登場となる張震(チャン・チェン)。『ミレニアム・マンボ』以来2度目の侯監督作品主演となった舒淇は、この作品で台湾のアカデミー賞にあたる金馬奨最優秀主演女優賞を受賞しており、彼女自身も「女優としての自分を発見できた特別な映画」と語っている。

 「恋愛の夢」は、60年代の台湾の原風景がオールディーズ・ナンバーに乗って描かれており、まさに彼の真骨頂とも言える作品だ。また、サイレント形式で撮影された「自由の夢」、ハードロックのリズムに乗って現代の若者像を描いた「青春の夢」では、これまでの侯孝賢ワールドから踏み出した新たな映像表現を見せている。

 時代背景や立場は異なれど、恋人たちが互いを想い、愛を求め合う姿は常に不変だ。百年の時を超えてシンクロする三つの恋物語に、切なくも美しい感動が込み上げる。

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