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脳性麻痺児に対するサイクリックストレッチの提案

最初の記事はストレッチについてです。脳性麻痺をはじめとする、中枢神経疾患の方に広く使用されるアプローチです。僕も臨床でこども達にやります。
しかし、疑問が長らくありました。

「ストレッチ前後で大して変わんねぇ」

そこで、論文ベースで調べたので内容をまとめたいと思います。
※注意※
この記事の目的は、アイデアを提供する程度の物です。効果や内容を保証するものではありません。
「ほんまでっか!?」という気持ちで見てもらえたらと思います笑


サイクリックストレッチとは

○やり方○
ハムストリングで例えると、通常ストレッチは伸張された状態で30〜120秒保持するのが効果的と言われています。
サイクリックストレッチ(以下CS)は、伸張位と弛緩位を交互に取ります。
つまり、伸ばしたり戻したりを繰り返します(周期的)

○考えられる利点と欠点○
・利点
1 静脈血や組織液の鬱滞の改善
2 神経の滑走による周囲組織液動態の変化
3 コラーゲン線維産生を抑制
4 ストレッチトレランス(感受性)の低下と感覚入力とを同時並行出来る

・欠点
1 H反射を促通し、神経性の筋緊張を上げる(伸張反射の促通)
2 固縮が強いと使えない
3 一定のレンジで行う事が難しく、やり過ぎて痛みを与える可能性がある

※欠点1について補足
H反射が促通されても30分以上1時間未満しか持続しない


ストレッチの効果基盤

そもそも何故ストレッチは筋緊張を低下させるのでしょうか?理論はいくつかあります。
1 ゴルジ腱器官による1b抑制
2 筋粘弾性の低下
3 ストレッチトレランスの低下
4 虚血に伴う反射性充血が発生。筋代謝受容器の活動低下により筋交感神経の活動低下
※ここでいうストレッチは、スタティックストレッチを指します。

端的に説明すると・・・
2分以上の伸張時間、強度は受け手が力まず我慢出来る位の痛みを感じる程度と、中〜高強度が必要。
ゴルジ腱器官が反応し1b抑制が働いたり、筋外膜や筋内膜、筋周膜に組織学的変化が起き粘弾性が低下。
また、疼痛閾値を背景としたトレランス低下(痛みや伸び感に慣れる)や深部血管の圧迫による一過性虚血によって反応性に血行が良くなる。
これらの神経性、組織性、代謝性のトータルの変化によって筋緊張が低下する。
その持続効果時間は、アウトカムによりますが30〜40分程です。
僕が見た論文の中では、粘弾性の低下が30分以上と持続時間としては最長でした。

ここで冒頭の疑問に戻ります。
「ストレッチ前後で大して変わんねぇ」
何故でしょうか?ストレッチは研究が多くあり、原理や方法論も分かりやすいです。
なのに、何故効果を感じづらい場合があるのか?


脳性麻痺児にストレッチは有効か?

結論から言うと、粗大運動能力分類システム(GMFCS)のレベル3以上の場合、ストレッチにより筋緊張を上げてしまう場合があります。
この為、ストレッチ後にROMの拡大を確認し難いと考えられます。

-粗大運動能力分類システム-
level1 制限無しに歩行
level2 歩行補助具無しで歩行
level3 歩行補助具を使用して歩行
level4 自力移動が制限される
level5 電動車椅子や環境制御装置を使用しても自力移動が制限される

PC -Walkerやクラッチ杖などを使用しているお子さんは多いと思います。(level3以上の子)
その中にはストレッチによって一過性に筋緊張が増加してしまう子がいますので注意しましょう。
もう一度ストレッチの効果基盤を見ます。脳性麻痺児に合うでしょうか?
・1b抑制
脳性麻痺児の場合、逆に伸張反射を促通してしまう事がある。
・粘弾性低下
2分程の保持が必要、小児の場合難しいかも。
・トレランス低下
屈曲反射の亢進が見られる中枢神経疾患の方には疼痛閾値の上昇によるトレランス低下は妥当性はあると思います。
・筋血流
深部血管への圧迫による虚血、解除による反応性の充血。
通常状態で筋緊張が高く、筋内圧の高い脳性麻痺児には合わない理屈かと思います。

少し違った角度からストレッチを考えてみたいと思います。


サイクリックストレッチを提案する
4つの理由

① 筋代謝亢進による交感神経活動の増加を軽減

脳性麻痺児は筋緊張が亢進している為、静脈が圧迫され循環効率が低下している事が考えられます。
循環が低下すると筋内の代謝物が増加し代謝受容器が反応、筋交感神経が活性化し代謝を上げようとします。
この筋交感神経活性化は、筋緊張の増加に繋がると考えられます。
その為、繰り返しの伸張刺激による筋ポンプ作用で循環を促し交感神経活動を軽減出来る可能性があります。


② 末梢神経を滑走させ、周囲の循環動態を変化

末梢神経の環境を考えた時、可動域制限そのものや可動域が外因的に制限される環境(固定や臥床etc)は神経組織にとってマイナスです。
脳性麻痺児は筋緊張の増加により、このデメリットを被ります。

引用 ヒューマン・アナトミー・アトラス

末梢神経にも多くの疎性結合組織があり、そこに栄養血管、神経幹神経(神経内の侵害受容器)などがあります。
筋肉や関節が動く事で、機能を維持する様に神経も長軸上をスライドします。
これも同じく神経の機能維持に必要な動きです。
また神経の滑走性低下も可動域制限になり得ます。
筋緊張の亢進や関節拘縮による可動域制限を抱える脳性麻痺児の神経周囲の環境は万全とは言えません。
その為、繰り返しの伸張刺激によって神経を滑走、周囲の循環を変化させられる可能性があります。

③ 線維芽細胞の活性化を抑制させる

組織の低酸素状態が、線維芽細胞(コラーゲン線維産生)を活性化させる事が知られています。
運動によるコラーゲン線維の産生は、筋繊維に沿ってされます。
その為、運動強度や性質に合った剛性と弾性を獲得します。(筋膜のカタパルト機構)
しかし、不動や可動域制限による低酸素状態の場合コラーゲン線維の産生は筋繊維に直交するようにされます。
つまり剛性が増して硬くなるわけです。

筋線維芽細胞を取り出して行われた実験では低酸素下の線維芽細胞に対し抑制効果を発揮したのは、単純伸張では無く、繰り返しの伸張刺激でした。
その為、繰り返しの伸張刺激で余計なコラーゲン線維の産生を軽減出来る可能性があります。

④ ストレッチトレランスの低下と2点弁別閾の改善

疼痛閾値を背景としたトレランスであるなら繰り返しのストレッチでも慣れが生じて低下すると考えられます。
脳卒中後の高齢者、健康成人に対し行われた報告によると、手掌のストレッチ(手関節回外伸展位、指関節伸展位)を10秒間行った結果、2点弁別閾が改善したという報告かあります。
繰り返しの伸張刺激は、ストレッチトレランスの低下と2点弁別閾の改善による皮膚感覚の活性化が期待出来る可能性があります

1つの選択肢になれば

ストレッチは多様なやり方があります。
一般にスタティックが使用されますが、違うアプローチがマッチするお子さんもいると思います。
僕なりに脳性麻痺児における筋の生理学について調べてみた結果、上記の4つの理由により提案させて頂きました。

病態や小児の特性を知る事が大切

手技を真似るだけでは、意味が無いばかりか危険です。小児は大人のミニチュアでは無いとよく言います。
特にストレッチは粗暴に行うと付着部炎や最悪骨折させる事もありえます。
それは小児の骨の特性を知っていればリスク管理出来ます。(これについてはまた今度)
今回はアプローチについて書きましたが、あまりエビデンスベースにしなかったのは自ら調べるキッカケになればと思ったからです。(僕の周りの鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師は調べない人が多いだけの偏見かもですが)

参考文献(一部)

・痙直型脳性麻痺患者におけるH反射の特徴と持続的ストレッチが脊髄前角細胞の興奮性に及ぼす影響のpilot study
・筋交感神経からみた自律神経機能と病態
・静的ストレッチの効果的な持続時間について
・関節不動期間中の関節可動域運動の違いが坐骨神経周囲組織に与える影響
・足関節他動運動が下肢の静脈血流速度に与える影響に ついて
・ストレッチングが脳卒中片麻痺者の感覚入力にお よぼす影響
・低酸素環境における筋芽細胞の増殖におよぼす繰り返し伸展刺激の影響

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