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#002 “夏の朝の成層圏” -Island Book Review-

文明生活に還るか、このまま孤独な日々を送るか!?
無人島で迫られる究極の選択

 池澤夏樹2連発で失礼。前述の通り、ポンペイ島をモチーフとしたファンタージー風小説から池澤ワールドへと吸い込まれていった私が次に引き寄せられた先は、やはり太平洋の島の物語であった。本書は池澤氏の小説デビュー作であり、同時に彼の南島小説の原点でもある。

 主人公の「彼」ことヤスシ・キムラ(マイロンにはヤスと呼ばれる)が体験する、船からの転落、洋上漂流、干渉の小島への漂着、無人島での生活、人との接触と、想像力を駆使して単純明快なストーリーに臨場感を持たせようとする氏の意図がそこかしこに感じられる。

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 舞台の環礁は架空設定だが、マジュロ島などの地名も登場することから、位置的にはマーシャル諸島近海圏を想定していると思われる。漂流後、最初に接することになる人物は、ハリウッドの大物俳優、マイロン・キューナードと名乗る男。どこかで聞いたような名前である(ちなみにマーロン・ブランドは生前タヒチの小島を所有していた)。

 マイロンは、療養を兼ねて、というより医者のいまいましい管理下から逃れるために、小屋を持っていたその島へと休暇にやってきた。彼と会うまでは、島での「仮の生活」から文明社会への復帰を望んでいたのだが、マイロンとの<接触>によって、無人島生活に馴染み始めた自らの生き方の矛先を、文明社会に還るのか、それともせっかく見つけた孤独で素朴ながらも愉しい“秩序に左右されない世界”にもうしばらく身を委ねるのか、改めて見つめ直すことになる。一度文明社会の味を染めてしまった人間ならば、たいていは“楽な方”へ流れようとするであろうから、ヤスの迷いは一見滑稽ともとれる。が、よく考えてみれば、これはある意味私たちの生き方にも通じるものがある気がする。

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 漫然とただ毎日をやり過ごしていくのか、多様な刺激を糧にしながら、常に新たな世界に身を投じていくのか(前向きな言い方をすればだが)。私たちは、日々迷いながら生きている。もっとも、ヤスの場合、ただ社会復帰を少し先に延ばして、突然の<休暇>をもう少し楽しもうとしているだけ、ともとれるが…。

 次回の南の島での休日は、心のリセットをしたついでに、自らのライフプランを見直してみるのもいいかもしれない…。

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<DATA>
●[著]池澤夏樹
● [発行元]中央公論新社  
● [発行日]1984年 9月10日

➥データは単行本発刊時のもの。現在は中公文庫より刊行中。
 紹介している単行本とは表紙デザイン等異なる。

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