#001 “南の島のティオ” -Island Book Review-
ちょっぴり切なくて、でも心がほんわかあったまる
イケザワ流ファンタジーワールドへ
私と同じように、“島”にはまった人たちへ…。きっとあなたも「池澤夏樹」という作家の本を1冊は手にとったことがあるのではないだろうか。
私の場合、ミクロネシア連邦の主要島であるポンペイ島(Pohnpei、ポナペPonapeとも呼ばれる)に旅をする際に、なにか現地で読むにふさわしい本はないかと本屋の店頭で書籍棚をあちこち渡り歩いていたとき、ふと目に留まった青緑色の、まるで夏休みの日誌でもめくるような懐かしげな表紙に包まれた1冊の新刊が、池澤ワールドの扉を開ける最初の本となった。
手にとり、表紙を捲ってびっくり。表紙裏と見返しにかけて描かれている島の地図が、数日後に自分たちが訪れようとしている島にそっくりなのだ。記載されている地名を除けば……。
前置きが長くなった。この本には、その“ポンペイ島によく似た島”にある小さなホテルの少年・ティオの語りで綴られる10のストーリーが収められている。
ティオは島の中心街(といっても街らしい街は1つしかないが)にある小さなホテルのオーナーの息子。島に次々と起こる楽しい出来事、悲しい出来事、不思議な出来事が、情感たっぷりに描かれている。個人的には、受け取った人は一人残らず島を訪れるという不思議な絵はがきを作ってくれた「絵はがき屋さん」の話、真新しい道路にぽっかりと空いた穴にまつわる「十字路に埋めた宝物」の話が微笑ましくて好きである。私にとっては、このファンタジー短編集が、最初にして最もお気に入りの1冊となった。
余談だが、その時ポンペイ島に持参した本書は、私たちが滞在していた『ザ・ヴィレッジ』 ※1 というホテルのスタッフであったシュン・ナカソネ氏に謹呈した。シュンはこのヴィレッジで結婚式を挙げたほどポンペイ島をこよなく愛していた素敵な青年だったが、数年後島を離れることになり、その後音信不通となってしまった。
ところが、2005年にプロ野球で総合優勝を果たした千葉ロッテマリーンズの監督通訳として、バレンタイン氏の隣りに立つ彼を、テレビのスクリーン越しに目にした。島を離れ、新たな世界に活躍の場を求めたシュンにとって、ポンペイ島での日々は過去の記憶として日常から遥か彼方に遠ざかってしまったかもしれない。それでも、時折島での熱く濃密な記憶が私の脳裏をかすめるように、彼の中にも、折にふれてきっとノスタルジックな想いが過っているであろうと確信している。
そして10年、20年後にシュンや私たちが再び島を訪れるときも、変わらぬ佇まいで迎え入れてくれることだろう、ティオとともに。
※1.残念ながら、ザ・ヴィレッジはオーナー夫妻の意向により2013年3月末をもって営業を終了している。
<DATA>
「南の島のティオ」
●[著]池澤夏樹
●[発行元]楡出版
●[発行日]1992年1月16日 第1刷発行
➥書誌データは単行本発刊時のもの。現在は文春文庫より刊行中。
文庫の内容は未確認につき単行本とは見返しや挿絵等異なる可能性あり。
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