ある男と女の物語(1分小説)
武司が教室に入ると同時に、千夏が出て行った。
「おい、ちょっと待ってくれ。」
「全部、喋ったのか?」
「だって、嘘つけないもん。」
「行かないで。」
武司が千夏を追いかけようとした時、玲子が手を引っ張った。
「お前に関わっている暇ねえんだよ。」
武司は玲子を振り切って、千夏を追いかけた。
(多分、公園だろう)
公園は、武司が千夏に初めて声を掛けた場所だった。
その時は、千夏は犬の散歩をしていた。
やはり、千夏は公園にいた。
ブランコに乗っていた。
武司は、そっと隣のブランコに座った。
重苦しい沈黙だった。
武司から口を開いた。
「ごめん…。俺にはお前しかいないから。」
千夏は立ち上がると、
「信じられない。」
と小声で言った。
「嘘じゃない。」
あまりの大声に千夏はビクッとした。
武司も立ち上がると、千夏を後ろから抱きしめた。
「本当?」
「本当だよ。絶対。」
日差しが顔を出し、トンボが武司の指に止まった。
「俺って、奇跡の人だから。」
「なんか、不思議な人ね。」
千夏はクスッと笑った。
武司は一輪の花を摘んで、千夏に渡した。
「暑くなってきたな。」
「久々に涼んで行こうよ。」
「うん。」
千夏は教室での出来事は何だったのだろう、と思ったが、そこが武司のいいとこでもあり悪いとこでもある、と思う事にした。
千夏には武司しかいないし、武司には千夏しかいないのだと。
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