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錦秋十月大歌舞伎「文七元結物語」(その3)〜寺島しのぶと中村獅童、名コンビ誕生

(承前)

本興行をきっかけに、寺島しのぶは「情熱大陸」など、テレビ・新聞上に登場している。尾上菊五郎と富司純子の長女として生を受け、弟の尾上菊之助と共に成長、自分は歌舞伎座の舞台に立てないこと、家庭が弟中心に回り始める現実を目の当たりにする。それをバネに、寺島しのぶは女優としての道を歩んでいく。私は、蜷川幸雄の「近松心中物語」を2004年に阿部寛/寺島しのぶで観ている。その情念・迫力は凄かった。

寺島しのぶの執念は、長男の尾上真秀を歌舞伎の世界でデビューさせることで実ったと思っていたのだが、本人の中で消し炭のようになっていた想いに火をつけたのが、中村獅童だった。同じ1972年生まれの獅童が、若き日の寺島の言葉を記憶していて、彼女を歌舞伎座の舞台へと誘った。

こうした経緯もあり、寺島しのぶが歌舞伎という、近年において女性が出ることのなかった舞台でいかに演じるのかに注目が当たったことは当然である。

結論から言うと、私は違和感をまったく感じなかった。お兼(寺島しのぶ)の周りには長屋のおかみさんら、そして娘のお久(中村玉太郎)がいるが不自然さはない。

その寺島を引き立てたのが中村獅童。神田伯山をして、「博打で身を持ち崩した江戸っ子を演じさせば天下一品」と言わせた長兵衛の造形、客席を大いに沸かせた喜劇的センスはもちろんのこと、そして、昨日書いた通り、血のつながりによる娘への純粋な愛情を表現できるのは、獅童ならではだと感じた。

加えて、幼なじみの寺島しのぶに全力でぶつかり、彼女の体当たりの芝居を引き出した。

歌舞伎座初舞台が中村獅童との共演のこの芝居であったことが本当に良かったと思う。常に戦う女優であった寺島しのぶ、その相手は歌舞伎座という存在だったかもしれない。その板の上に遂に立ち、当然プレッシャー・気負いはあっただろうが、この日の彼女は戦う女優ではなく、舞台を楽しむ音羽屋の娘だった。

この芝居で最も難しい役とも言える、妓楼「角海老」の女将・お駒に片岡孝太郎、長屋の大家には片岡亀蔵、文七の主人に坂東彌十郎と、獅童・寺島を盛り上げるベテラン陣。お久役の玉太郎、文七を演じた坂東彌十郎の息子、坂東新悟も大いに刺激を受けたことであろう。

山田洋次版、新しい「文七元結」を役者陣が具現化した



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