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手塚治虫とアップリカ葛西〜未完が惜しい「どついたれ」

手塚治虫漫画全集、第311ー312巻は「どついたれ」である。

手塚治虫の公式サイトの作品リストで、“未完“というキーワードで検索をかけると、いくつかの作品がヒットする。最も有名なのは「火の鳥」だが、個々のエピソードとしては完結している。そうした、一旦終了となった作品も入っている。以前に書いた「グリンゴ」、「ネオ・ファウスト」、「ルードビッヒ・B」は手塚の死によって未完となったので、残念だが仕方がない。

その中で、「どついたれ」は完結できた可能性があった作品であり、連載の打ち切りが本当に惜しい。

子供をお持ちの方であれば、「アップリカ」というブランド名を耳にしたことがあるだろう。ベビーカーなどを製造している会社で、戦後間もない1947年に葛西健蔵氏によって大阪で創業された。氏は商品に「鉄腕アトム」商標を使用した縁で、手塚治虫と親交を深める。

1960年代、手塚はアニメ制作会社の虫プロダクション(以下、虫プロ)を設立し、アニメの世界に本格的に参入するが、70年代に入り経営が悪化。この記事によると、1973年虫プロが倒産した際に、手塚を救ったのが葛西氏だった。

さらに、葛西氏が戦後に助けた二人の男が、氏の奔走する姿を見て、自分たちも手塚に対し資金援助を申し入れる。なお、葛西氏と手塚の関係は「鉄腕アトムを救った男」という本にもなっている。

こうした縁を受け、手塚治虫が1979年創刊の「ヤングジャンプ」に連載した作品が「どついたれ」である。

舞台は戦争末期から戦後の大阪。葛西建蔵がモデルと思われる葛城健二は、勲章も製造する葛城製作所の跡取り息子である。加えて、上述の二人の男を想起させる“河内のトモやん“と“八尾のヒロヤン“、戦争孤児で心身に複雑な悩みを抱える山下哲らが、混乱の中の日本を逞しく生き抜いていく。そこに、絡むのが漫画家を目指す高塚修である。

彼らの運命がどのように交差していくのか、この群衆劇の連載が続いたとしたら、手塚治虫が戦後の日本を描く代表作になったのではないかという予感がする。

手塚治虫公式サイトによると、<大変残念なことに、この『どついたれ』はごく序盤で打ち切りになっており>とされている。“打ち切り“もなにも、区切りをつけることするなく、まさしく唐突に終わっている。

Wikipediaでは、前述の「鉄腕アトムを救った男」から引いているとして、<読者の受けが芳しくないことを憂えた手塚の判断で連載が打ち切られ>と書いていある。同書を読んでいないので、よく分からないのだが、とても手塚治虫の判断とは思えない終わり方である。

打ち切りの理由はさておき、“幻の名作“のさわりだけでも、読む価値はあると思う


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