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これだから落語会通いがやめられない(その1)〜一之輔春秋三夜(初日)

この季節、よみうり大手町ホールでの春風亭一之輔の独演会が定番となっている。工夫を凝らして変化もつけながら続けてきた会、昨年は「2022落語一之輔〜三昼夜ファイナル」と称し、昼はゲストを迎えた二人会等、夜は独演会という趣向。“ファイナル“としたので、これで一旦終了かと思いきや、今年は「落語一之輔〜春秋三夜」となった。この会場での独演会も十周年である。

舞台の幕が開き、弟子の春風亭いっ休が、独自の工夫を凝らした「寿限無」を演じた。続いて上がった一之輔が、“ファイナル“から“春秋三夜“となった経緯について、こう話した。「昼夜で会をやるのはちょっとくたびれると言ったら、主催者の方から『それじゃあ、春秋で開催しては』と持ちかけられた」。

前半は「よく演るネタをやった後、ネタ下ろしを一席」とし、始めたのは「ふぐ鍋」。河豚鍋を準備するも、フグの毒を恐れて食べることができない旦那と幇間。物乞いにきた乞食に食べさせ、無事を確認して食べ始める。一之輔は思う存分に鍋のシーンを演じたあと、それに輪をかけたしつこさで〆の雑炊作りの場面を展開する。

熱演後の弁では、「読売の長井さんから、『ふぐ鍋』じゃなくて『ふぐ雑炊』だね」と言われました」とのこと。“長井さん“とは、読売新聞記者〜演芸評論家の長井好弘氏のことだろう。それほど、懇切丁寧に雑炊ができるまでを口演したのだ。

一度引っ込んだ後、再度登場し前半の2席目はネタおろしである。そもそもネタが豊富な一之輔、プログラムにこの会で10年に渡って演じた演目が記載されていたが、これらを眺めると「まだ演じたことがないものあるの?」と思わせる。

「泥棒の話」として始めたのは「だくだく」。上方では「書割盗人」という演題である。“書割(かきわり)“とは、<芝居の大道具の一つ。背景として風景・建物・室内などを描いたもの。▶︎いくつかに割って描くことから>(明鏡国語辞典第三版

家財道具一切を処分して引っ越してきた男。部屋が寂しいというので、壁に紙を貼り、絵心のある隣人に床の間や箪笥などの家具、果ては猫や女将さんの絵まで壁に描いてもらう。深夜この部屋に忍び込んできた間抜けな泥棒。近目の彼は、盗みがいのある家だと大興奮である。一方、この家の主人は泥棒に気づく。盗むものなど何もないこの部屋で、泥棒が一体どんな行動を起こすのか、薄目を開けて観察している。

泥棒は床の間の金庫から金を盗もうとするが、壁に手をしたたか打ちつける。箪笥の引き出しを開けようとするが突き指。おかみさんの姿に驚き陳謝して、ようやくこれらが壁に描かれた絵〜書割だと気づく。泥棒は落胆と怒りのあまり、このまま退散するのは悔しいと、さまざまな物品を「盗んだ‘つもり‘」と一人芝居を始める。

この様子を見ていた部屋の主、泥棒を懲らしめようと、長押(なげし)に描いてもらった槍を取り上げ、闖入者をグサっと“突き刺したつもり“。“刺されたつもり“の泥棒、血が“だくだく“っと出たつもり(下げ)

極めて落語的な、立川談志的に表現すると“イリュージョン“の世界。下手な人が演じると、「そんなバカな」と白けてしまう。そんなことは露ほども思わせず、落語世界に観客を引きずり込み聴かせてしまう一之輔の力量、話芸の力。

「これがネタおろし?」と思わせるほど、長年に渡って掌中に収めていたかのような高座を堪能し、いよいよ後半。今日は何を演るのか


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