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神田伯山、師匠にそして講談に貢献〜「あっぱれ!明治座 名人会」

神田伯山が前名松之丞で二つ目に昇進したのが、10年前の2012年。その頃、キャパ1400席の伝統ある明治座で、講談だけの会が開催されることなど、誰が想像したであろうか。

講談専門の寄席、上野の本牧亭が前年2011年に閉場、むしろ講談界の将来を憂う声が主流だっただろう。

こうした流れに抗うかのように、神田松之丞の人気はうなぎ上りに。さらに、彼の師匠である神田松鯉が2019年に人間国宝に、そして翌2020年に松之丞は六代目神田伯山を襲名し、真打昇進。その披露興行は社会現象とも言える盛況ぶりだった。

そして、明治座創業150周年の記念の興行、「あっぱれ!明治座 名人芸」のトップを飾ったのが、「神田松鯉・阿久鯉・伯山親子会」である。宣伝文句は、“スゴイね!歴史を変えた講談師の親子会が実現!”である。

そのドライバーはもちろん、神田伯山である。師匠を一門をそして講談界を盛り上げようと頑張ってきた成果が、この日に一つ具現化したと思う。

開口一番、三遊亭こと馬の「子ほめ」に続いて上がった伯山だが、気負うこともなく、いつもの調子で話し始め、客席をぐっと引き込んだ。そして、あくまでも姉弟子、そして師匠につなぐためのポジションという姿勢であり、自分でも“にぎやかし”と話していた。

そこには、世話になってきた師匠と姉弟子を盛り立てようとする意識があり、入った演目は「阿武松(緑之助)」。講談から落語に移植された話だと思うが、師匠の松鯉は立川談志から習い、それを伯山が受け継いだとのこと。

明治座の創業を祝うお目でたい興行にふさわしいネタであり、観客も比較的リラックスして聴ける。これによって、後に続く演者が選べる演目の自由度がグッと高まる。

続いて登場した姉弟子、神田阿久鯉。「明治座で演るのは初めて」と言いながら入ったのは、難波戦記より「長門守木村重成の最期」。徳川家康も一目置く、豊臣方の武将、木村重成を描いた講談。戦記物という、講談の中の大きなジャンルの読み物で、場内の空気をビシッと締める。いつもながらに、安定感抜群の高座だった。

中入り後、林家正楽が登場し、紙切りを披露。寄席の定番メニューだが、明治座のお客さんの多くにとっては新鮮な体験。その反応が面白い。

そして、トリで登場した神田松鯉。何を演じるのか注目していたが、講談師に関する戯れ句を紹介しながら、怪談「乳房榎」に入っていった。

毎夏、神田松鯉は新宿末廣亭などで主任として怪談特集を組む。この特集でかけられる演目は5つで日替わりで読まれる。その5つは、「小幡小平次」「お岩誕生」「雨夜の裏田圃」「番町皿屋敷」そして「乳房榎」。神田伯山は松之丞時代に出した本、「神田松之丞 講談入門」で、<松鯉版『寄席の怪談オールスター』>と表現している。

私はこの夏も一日足を運び記事にもしたが、この“オールスター“の中で、まだ聴いていなかったのが「乳房榎」。思わぬ形で、消し込みができた。

松鯉の「乳房榎」は、その発端にあたる「重信殺し」、絵師の菱川重信が弟子で浪人の磯貝浪江に殺されるくだりが読まれる。松鯉の怪談は、無理に怖がらせることはせず、落ち着いた口調で端正に語られる。そのことが余計に物語の、そして人間の執念の深さを感じさせる。

伯山は前述の本の中で、<『乳房榎』は皆が認める松鯉十八番>と書いている。同時に、自身の力量などを考えた工夫も書かれている。伯山の「乳房榎」、いつか聴けるだろう。

師匠の十八番を明治座で演じてもらう、さらに9月末には神田松鯉の傘寿記念として、歌舞伎座で親子会を開催する。歌舞伎座で講談の会が催されるのは、おそらく史上初めてだろう。

神田松鯉を始め、講談の火を消すまいと懸命に頑張ってきた先人たち、彼らの努力に伯山というスターの登場が遂にシンクロした


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