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秋の噺(その1)〜桂枝雀の「八五郎坊主」

まだ気温は高いが、風は確実に秋のものに変わって来ている。と言うことで、秋の噺を一つと考え、すぐに頭に浮かんだのが「八五郎坊主」である。

「つまらん奴(やっこ)は坊主になれ」という言葉に導かれ、出家をする八五郎という男の話である。落語の世界であるからして、八五郎は“規格外“の人間であり、それによってもたらされるドタバタである。

桂枝雀の「八五郎坊主」は、私や友人の大好物であり、大学生の頃、繰り返し聴き、酔っ払ってその一部を再現し、皆で大笑いしていた。

枝雀の「八五郎坊主」は、もちろん爆笑ネタであるが、秋という季節を感じさせる話でもある。

冒頭、八五郎が甚兵衛さん宅に訪ねてくるのだが、八五郎の<だいぶに涼しなりまして>というセリフから、時候が伺える。

そして、八五郎は甚兵衛さんの紹介で、下寺町の“ずくねん寺“を尋ねるのだが、ここの情景描写が素晴らしい。大きな銀杏の木、寺の門、寺内の景色、そして<左右にはケイトウ(鶏頭)の花が真っ赤に咲いている>。鶏頭は秋の季語である。

八五郎が寺の門を出る、そこに秋の冷たい風が丸めた頭に吹く、八五郎は秋空を眺め、<空は青いなぁ、わいの頭の色が映りよった>と表現する。枝雀の容貌と、噺の世界が見事に調和する。

桂枝雀、今生きていれば82歳。言っても詮無いことだが、また違った枝雀ワールドを見せてくれていただろうに。。。。

蛇足だが、噺の中に茗荷の由来のくだりがある。出家した八五郎は法春(ほうしゅん)という名を貰うが覚えられない。お寺の住持は、「昔、釈尊の弟子で名前が覚えられない人がいた。お釈迦さまは、その名前を板に書き弟子に背負わせ、忘れないようにした。その弟子は、後に立派な僧侶となり他界した。そして、その墓の周りに見知らぬ草が生えた。これが今のミョウガで、その漢字はくさかんむりに名を荷うと書く。また、茗荷を食べると物忘れすると言われる」と説き、「覚えられなければ、覚えられるようにすればよい」と、紙に名前を書いてくれる。

尚、下寺町は今も残る大阪の地名。上町台地の西の崖を降りたあたりである。私が通った学校の裏手には、急な坂があり、その坂を降りたところが下寺町。“ずくねん寺“は架空のものらしいが、情景が身近に感じられる


献立日記(2021/9/22)
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