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江戸東京落語まつり2023(その2)〜“東京の一番長い日“は本当に長かった

(承前)

後半が始まった。この落語会は油断がならないことは、前半で十分分かった。

林家つる子登場。来年3月、三遊亭わん丈が15人抜き、つる子は11人を追い越す抜擢真打昇進。落語協会では12年ぶりである。つる子は、「滅多に体験できないことをお届けします。了承も得ております」と話し、入ったのはなんと春風亭一之輔と同じ「反対俥」! ただし、一之輔版の年寄りの車引きではなく、設定はガラリと変わる。つる子版は、暴走車引きである。高座の上で飛ぶ、回転する、体を張った熱演で第3部の初っ端からエンジン全開でぶつけてくる。

若さがほとばしった後は、上手さが光る三遊亭兼好。今の季節にぴったりの「うなぎ屋」。落語らしい噺を、落語家らしい演者が口演する。いいなぁ。

桂宮治は、明るく「初天神」。家族の匂いのする彼のキャラクターが、噺に写し出されている。落語会らしい流れになってくる中、落語芸術協会会長、春風亭昇太が第三部の最後に登場。

マクラで入場料の話をする。この「江戸東京落語まつり」の通常料金が5800円、4〜5人の落語家が登場する。それに対して、17人が登場する本会が7000円。「これ、安すぎるのでは?」 そう言われてみれば、確かにそうか。私も内心「随分割安だなぁ」と思って買った覚えがある。そして、新作に戻すかと思いきや、古典の「看板のピン」。もちろん、昇太流で大いに受けたが、会場全体が少し収まってきた感がある。「なんとか完走できそうだぞ」と。

最後の休憩を挟み、第四部。いよいよあと四人である。

ここで登場したのが、 真打なりたての“こはる“改め立川小春志。談春の弟子で、彼女のことは何度か記事で触れた。落語家の決まり事として、前に出た演者と同じ噺ができないのは当然として、同種のネタも“つく“と言って避けなければいけない。そのことを話しながら、「つる子が見事に破ってくれましたが」。それでも、「兼好師匠に『このネタは大丈夫ですかね』と相談していた」と話し、入ったのは「馬のす」。

釣り糸の代わりに、玄関につながれていた馬の尾を抜いて使うという話だが、上手かった。このメンバー、そして派手な高座が多い中で、“江戸落語まつり“の名にふさわしい演目をきっちりと披露できるのは凄い!大した若手落語家である。

続いての桃月庵白酒の「粗忽長屋」も絶品。まさしく彼の“ニン(人)“が話と見事にマッチする。サゲでは、死骸の“本人“ 熊五郎から、八五郎にお鉢が回る演出。

桂雀々、この日唯一の上方落語家は、ここで出すかの「疝気の虫」。上方バージョンで、堺に向かう男に疝気の虫が声をかけ、道連れを請うのだ。クロージングに向けて出来つつあった予定調和の流れは、完全に崩された。やっぱり、今日の会は気が抜けない。

とは言え、大トリは大ベテランの瀧川鯉昇。50年近いキャリアの大ベテラン。自身のHPには「力の入った熱演などは一切いたしません」と書いてある。登場し、会場の空気を「皆さん、早く帰りたいと思っていらっしゃるでしょう」と察し、さらりとネタに入っていく。

「千早ふる」。百人一首にもある在原業平の歌「ちはやふる神世も聞かずたつた河 から紅に水くくるとは」の意味を問われた隠居が、珍妙な回答をする話である。

聞き慣れた演目だが、鯉昇バージョンは一味違う。オリジナルは、関取の竜田川が花魁の“ちはや“や“かみよ“に振られたと解説するが、竜田川はモンゴル出身の相撲取りで、“ちはや“と“かみよ“は、ロシアン・バーのホステスである。

やっぱり、今日は油断が出来ない。

こうして、本当に長かった一日が終了した。もうお腹いっぱい、落語を堪能した。六代目円楽が不在だったことだけが残念である。

ようやく解放され、ホールの出口に進んでいると、後方の男性が「あぁ、疲れた」と呟いていた。お気持ち察します。

大きな偉業を共同で成し遂げた、そんな空気がホールのロビーにただよっていた



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