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神田松鯉が読む、赤穂義士になりそこねた男〜新宿末廣亭11月下席(その2)

赤穂義士外伝、「小山田庄右衛門」。千利休にこういう言葉があるらしい。<一杯は人、酒を飲み 二杯は酒、酒を飲み 三杯は酒、人を飲む>

酒に飲まれた男の話である。小山田は、我々同様の弱い人間、私も酒の上でしくじったことは多々ある。赤穂義士伝の中心は、忠義の士、志高い人々である。その裏側には義士になれなかった、あるいは小山田のような人間がいる。彼らは、我々にもっと近い存在である。

小山田の逐電について、昨日私は女に“そそのかされて“と書いた。別の角度から見ると、“諭されて“でもある。自らの失態を恥じ、切腹しようとする小山田に、お熊は<それでは犬死にだ>と翻意を促す。確かに、当時の武家の価値観からすると切腹が美学である。ただ、一般人の価値観からすると、“今さら自害したところで何になる“というのは極めて自然だ。

神田愛山は、<義士伝は「別れ」がテーマ>と言ったそうだ。確かに忠義を果たすために、「別れ」のドラマが各所で展開される。ここでの小山田は、武家の美学と赤穂藩の同志に「別れ」を告げたのである。

赤穂義士伝のほとんどは、「忠義」という美学の世界である。その流れの中に、神田松鯉はこの話を掘り起こして持ち込む。赤穂義士伝は決して美談だけではないことを示し、物語に奥行きを持たせる。そして、この外伝を聴く者、少なくとも私は小山田に悪い感情を抱かず、決して“陰気“な話と受け止めなかった。それは、松鯉という度量の広い語り手が、芸の力と共に読むからである。

なお、この日の寄席の流れは、前半に昔々亭昇、漫才の宮田陽・昇、桂三度らが笑いを取って、客席を盛り上げ、神田阿久鯉や中トリの神田白山が師匠につなげるべく講談をしっかり読み、小痴楽はじめ落語家陣も満員の観客に応えるべく好演、色物も演者によるコントラストが見事につき、主任の松鯉へとバトンを渡した。素晴らしいチームプレーだった。

こうした番組が続けば、寄席は連日活況が続くはずである

*寄席に彩りをもたらしていた、粋曲の柳家紫文が亡くなった。三味線を弾きながら語る「鬼平市中見回り日記」が懐かしい。ご冥福をお祈りする

2021年11月25日 新宿末廣亭夜の部
神田松麻呂 「宮本武蔵伝より」
昔々亭昇 「猫の皿」
宮田陽・昇 漫才
桂三度 「代書屋」
立川談幸 「寄合酒」
きょうこ 和妻
三遊亭圓馬 「雑俳」
神田阿久鯉 「光圀公 淀屋との出会い」
東京ボーイズ
神田伯山 「鹿島の棒祭り〜平手の最期」
中入り
ニュースペーパー
桂伸衛門 「古着屋」
柳亭小痴楽 「のめる」
ボンボンブラザース
神田松鯉 「小山田庄左衛門」


献立日記(2021/11/26)
会食@近江うし焼肉 にくTATSU青山本店




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