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カントリー歌手 ロレッタ・リンの訃報(その2)〜楽曲“Rated X“と“The Pill“を通じたアピール

(承前)

米カントリー歌手、ロレッタ・リンの訃報は、日本ではごく小さな記事だが、New York Times(電子版)では、もちろん大々的に取り上げられている。

ロレッタ・リンは15歳で結婚し、16歳で母になり、30歳で孫ができる。なお、今回初めて知ったのだが、彼女の妹は歌手のクリスタル・ゲイル。私的には、コッポラの映画「ワン・フロム・ザ・ハート」で、トム・ウェイツと共に劇中歌を歌ったのが印象的である。

彼女の夫、ドゥーリトル(Doo)は映画ではソフトに表現されているが、NYTの記事によると密造酒を作り、酒癖にも問題があり、彼の浮気にロレッタは悩まされる。1960年代のアメリカ、男性上位の文化の中で、同様の境遇にあった女性は多くいただろう。ロレッタは、そうした生活を通じて感じたことを、ストレートに歌で表現した。

記事の中で、ロレッタに影響を受けた若いカントリシンガーのコメントが引用されている。「彼女はその時直面していたことを、音楽の中で常に発信したわ。そのことが、我々の共感を呼んだの」。(以降、全て拙訳)

ロレッタ自身の言葉も紹介されている。「Dooはいつも歌詞の中のどの部分が自分のことか見極めようとしていました。そして90%は彼のことでした」、「こうした歌は、生活の中の真実でした。我々は激しく喧嘩し、熱烈に愛しあったのです」。ロレッタの背中を押し、マネージャーとしてふるまったDooとの結婚は、彼の死まで48年続いた。

今では想像もつかないが、ロレッタがデビューした当時のカントリー音楽界は、男性が支配する世界で、彼女はその壁を打ち破った。それでも、出産や母としての役割期待といった、いわゆるライフイベントは立ちはだかる。

そして、女性歌手の先駆者パッツィ・リンとの出会いにより、ロレッタは従順な妻という立場も乗り越える。彼女はこう語る。「パッツィと出会ってから、私の人生はより良いものになったわ。なぜなら、(夫に)反撃できるようになったから」、「間違っている時は、自分の気持ちを口に出し始めたの」。映画の中で、家を建築しようとする夫に、その間取りについてロレッタが意見するシーンが出てくる。

ロレッタは、音楽の世界でも主張を始め、それは70年代、女性の地位向上の動きとシンクロする。ロレッタは“フェミニスト“と呼ばれることを拒否するが、代表的な2つの楽曲を世に送り出す。

一つは1972年、カントリーチャート1位の“Rated X“。このタイトルは、ポルノ映画の格付け(XXXが最も。。。)を想起させる。この歌では離婚した女性のことが描かれる。男たちは、離婚経験のある女性を、簡単に籠絡できる存在と考える。“みんな、かつてあなたが愛したことを知っている。彼らは、あなたがまた愛せると思っている“。離婚女性を軽く見下す男性陣を、痛烈に皮肉った。

さらに1975年の“The Pill“は、もっとストレートな表現。チヤホヤされ、結婚したら世界を見せてくれると言われたが、結果は出産・子育てに追われる日々。しかし、ピルを手にした今、自分の人生は自分でコントロールできると宣言した歌である。

ただし、両曲とも明るいカントリー音楽の曲調であり、そこには暗さは微塵も感じられない。彼女の育った、ケンタッキーの広野のようにオープンである。それは、“社会問題“に対するプロテストといった大上段に構えたアピールではなく、自身のパーソナルな経験を基にした、苦しい境遇にある女性たちへの励ましである。だからこそ、聴衆はロレッタ・リンを大歓迎したのだと思う。

訃報に接して、ようやく彼女の自伝映画を観て、音楽を聴くことになった。遅ればせながら、元気を貰った。当時のアメリカの女性たちは、私の何倍ものエネルギーを得たことだろう。

米カントリー音楽界のスター、ロレッタ・リン、ご冥福をお祈りします


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