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第15回 桂吉坊・春風亭一之輔 二人会(その2)〜一之輔の芸の幅

(承前)

この二人会の名前の並びを見た時、「吉坊・一之輔?」、「一之輔・吉坊では?」と思った。昨日書いた通り、私の中の吉坊の時は、15年ほど止まっていた。そのため、その間に東京では大人気となった一之輔の方が当然先輩だと思っていた。

桂吉坊、1999年1月入門の四十歳。春風亭一之輔、2001年5月入門、四十四歳、2012年21人抜きで真打昇進。年は下だが、吉坊の方が入門は先であり先輩だったのだ。

寄席や落語会において、一之輔のネタの幅広さ、前後の流れを受けて巧みに演じることができる自在性に感心させられることが多いが、この日はそれが際立っていた。

開口一番の後に上がった一之輔が始めたのは「蝦蟇の油」だった。前半は、蝦蟇の油を売る香具師の流暢な売り口上を聴かせる。一之輔が演じるのは初めて聴いた。「らくだ」「火事息子」といった大きなネタ、「かぼちゃ屋」「あくび指南」のような落語らしい噺、どちらも良いのだが、「蝦蟇の油」の前半の言い立ても綺麗にこなす、芸の幅の広さに改めて感じ入る。(三遊亭圓生「蝦蟇の油」

そう言えば、東京の落語がお座敷芸から始まったことに対し、上方落語は路上で演じた辻講釈・辻噺がルーツと言われている。一之輔はそんなことも意識して、「蝦蟇の油」を選んだのかとも思った。

そして、 トリに上がった一之輔、ネタ出しの「中村仲蔵」である。吉朝・吉坊の師弟は、歌舞伎に造詣が深く、芝居噺も得意である。一方の一之輔の師匠、春風亭一朝は笛の名手であり、歌舞伎座の囃子方で笛を吹いていた。芝居を題材とした噺も得意である。また、一朝の大師匠、彦六の林家正蔵も芝居噺で知られる。(林家彦六「中村仲蔵」

こうした中で、歌舞伎を舞台とした「中村仲蔵」をかけるというのは、相応の気合が入っていたであろう。もっとも、「気合」などというものを感じさせないのが、一之輔の魅力だが。

さらに、吉坊が「死神」は1時間近い長講となり、時間的に押している空気である。そんな中で上がった一之輔はマクラもふらず噺に入った。その「中村仲蔵」は、余分のものを削ぎ落とした、スキっと江戸前の芸だった。

一之輔の「芸の幅」、「受け身」の強さを感じた一夜でもあった


*毎日暑いので、一之輔の「青菜」


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