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フリッツ・ラング監督「M」〜ピーター・ローレという怪優

ミニシアター、シネマヴェーラ渋谷の今月の特集は「恐ろしい映画」。上映作品を見ていると、フリッツ・ラング監督の「M」があった。ラングは、サイレント時代から活躍したオーストリア出身の名監督で、「M」は名作との誉れが高く、観たかった作品である。

「M」の主演はピーター・ローレという男優である。彼を最初に認識した映画は「カサブランカ」。脱出のための通行証を保持する、いかにも胡散臭い男の役である。短い登場ながら強烈な印象を残す怪優とは、その後に観る「マルタの鷹」、ヒッチコック監督の「暗殺者の家」などで再会する。

そんなローレが、ドイツ時代に出演したのが「M」であり、1931年公開のこの作品は、ラング監督が最初に撮ったトーキー映画である。

ドイツの街で発生した、連続少女殺人事件。犯人を挙げられない警察に市民の不満は高まる。また、その為に商売に支障が出ている犯罪者たちの間には、フラストレーションが広がっていく。そして、犯罪者集団は自らの手で犯人捕獲に乗り出す。

この殺人犯がを演じるのがピータ・ローレ。不気味な雰囲気を漂わせ、口笛を吹く。曲はグリーグ作「ペールギュント」の中の有名な曲「山の魔王の宮殿にて」、これが気持ち悪さを増幅する。

ウィンドウに映る少女の姿、それを凝視し犯罪につながるであろう衝動にかられるローレ、こうした鬼気迫るショットが散りばめられる。

科学的でロジカルな捜査で犯人を追い詰めていく警察、一方で人海戦術で包囲網を敷く犯罪者グループ。決定打になるのは、前述の曲。これを記憶していた盲目の風船売りの指摘により、犯罪者グループは一歩先んじて犯人を捕らえる。(健常者には無い能力を発揮する盲目の男、ちょっとパラリンピックにも通じる)

クライマックスは、犯罪者グループが開く人民裁判である。“人民”といっても構成するのは犯罪者であり、刑に服した経験のある者も多い。刑務所においても序列があり、子供を犠牲にした犯罪者は、その中で最下層に位置すると聞いたことがある。まさしく、その構造である。

今にも暴発しそうな裁判を傍聴する“人民”、反論する“弁護人”、そして”裁判官”。異様な雰囲気の中で、ピーター・ローレの語りそして叫びが響きわたる。

責任能力の有無による罪の軽減については、さまざまな意見・感情があり、今でも簡単な問題ではない。この人民裁判の場面は、そうした問題も提起している。

今でも日常の闇に潜んでいる子供に対する危害という(残念ながら)普遍的なテーマ、警察対犯罪者、司法制度への問題提起など、様々な視点を抱えながら、息をつかせぬ展開でドラマを描く。90年前の映画にも関わらず古さは全く感じられない、素晴らしい映画だった。

なお、今回の特集では、1951年にジョセフ・ロージー監督がリメイクした「M」も上映され、同日にこちらも観た。ラング版をかなり忠実になぞっているが、ピータ・ローレが不在の画面は、緊迫感がまるで違っていた

*Amaron Prime Videoで「M」を見ることができるが、ただし字幕がひどい(多分、自動翻訳)ので、想像力かドイツ語力が必要


献立日記(2021/8/28)
牛ハラミ焼き おろしポン酢ソース
キムチ豆腐
トマト マッシュルーム イタリアンパセリのサラダ(バルサミコ酢ドレッシング)



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