掌編小説【告白(ここだけの話・改め)】




 テレビの心霊番組で、収録中に実際に心霊現象が起こってしまったとか、あとになってスタッフに不幸な事故が相次いだとかいう話はよく聞きます。それらが事実だったのかつくり話だったのかはよくわかりません。


 番組で取り上げる恐ろしいエピソード自体がほとんど根拠の怪しいものだといいますから、そんな番組にまつわる奇怪な噂など最初から冗談話として聞き流すべきなのかもしれません。


 しかし、私の身近で起こったこの出来事は、冗談として片付けるにはあまりにも凄惨で恐ろしく、ただ口を噤んでいても、ときどきどうにもやりきれなくなります。


 また私のほかにいた3人の関係者も揃って亡くなってしまい、これから先もし私の身の上になにかあった場合は、あの出来事の秘密は永遠に葬り去られることになります。それでは死んでいったA君があまりにも可哀想すぎます。


 いくらかの罪滅ぼしの意味も込めて、ここに書き残します。


 A君は若手お笑い芸人で、そのころようやくときどき地上波の番組にも呼ばれるようになった新進の1人でした。

 そのA君がネット番組で心霊スポットとして有名なある廃トンネルをレポートをしたときのことです。


 海沿いのトンネルは手掘りで全長は約300メートルもありますが、幅は約3メートル、高さもせいぜい2メートルほどしかありません。そしてトンネルの上には戦国時代、敵方についた農民たちによって惨殺され首を刈り取られた落ち武者の体が捨てられ忌地とされたといわれる森が鬱蒼と繁っています。


 ロケは例によって夜半におこなわれ、A君とアシスタント役の女の子、撮影クルー2名、ディレクターの合計5名は、その照明のない真っ暗闇のトンネルの中を、原因不明の物音や気配に脅かされながら、懐中電灯の明かりだけを頼りに通り抜け、戻ってくるというものでした。


 トンネルのこちら側入り口にはいつでも内部を照らし出せるように強力なライトを設置してあります。それら機材を見張りながらみんなが戻ってくるのを待つのが私、アシスタント・ディレクターの役割でした。


 5人がトンネル内に消えてしばらくして、盛んに冗談を飛ばしあっているらしい笑い声がこだましました。とりあえずトンネルを向こう側まで渡り切った安堵感からでしょう。


 しかし、ここで思いもかけないことが起こったのです。


 突然トンネルの中の誰かが耳に刺さるような凄まじい奇声を発し、それを合図にバタバタと物音がして、悲鳴が上がり怒号が聞こえ、一瞬にして緊迫した空気になりました。


 私はライトを点け、トンネルに飛び込もうとしましたが、すぐに最初にディレクターが、続いて髪の毛を振り乱したアシスタントの女の子、それから撮影クルーの2人が飛び出してきました。


 しかしA君の姿がありません。ふつうカメラマンと照明係からなる撮影クルーは多少のハプニングがあっても体を張って撮影を続けます。番組の素材を確保し記録を残すことが重要だからです。


 それをA君を置きざりにして逃げてきたというのですから相当な事件が起きたに違いありません。


 悲鳴が続くなか、トンネル全体の半分くらいの地点にA君らしき人影をライトが捕らえました。その姿は、身をよじり、トンネルの壁に激しくぶつかり、痙攣しているようにも見えました。


 私はディレクターと2人、急いでA君のところをめざしました。不思議なものでA君が叫んでいるおかげで恐怖心はどこかへ飛んでいました。


 もう少しでA君のところにいき着くという地点まできたとき、飛び跳ねていたA君は私たちに振り向きざま突然四つん這いになりました。高這いというのらしいのですが、肘も膝もつかないで尻を高く掲げるやり方です。


 この体勢だと顔は自然に股のあいだから後ろを覗く恰好になります。しかしA君は首を精いっぱい反らせて正面、こちらを見ています。不気味でした。


 四つん這いのA君はこちらに突進してきます。走ったせいで足元がおぼつかなくなっているにも関わらず、ディレクターが太った体を低くして構え、なんとかA君を受け止めました。いつもはいい加減なディレクターもやるときはやるものだなと思いながら、私もA君に組みついて確保しました。


 このときの、暴れるA君をなだめながらディレクターが襟首を、私が腰のあたりのベルトを掴んで、さらにディレクターが印を切ってお祓いらしきことをしているようすをやや離れたところから撮影した映像があります。


 実際に番組の一部として配信もされましたが、あのディレクターにそんなお祓いみたいなことができるとは思いません。咄嗟に出たはったりみたいなものだったのでしょう。

 それから私たちはA君を抱きかかえ、引きずるようにして出演者用のロケ車に押し込みました。


 私がA君と一緒に車に残ってようすを見ることになり、乗り込んでドアを閉め、座席に横にして毛布がわりのコートをかけたときです。

 「ヒェッヒェッヒェッ……」


 A君が突然甲高い声で笑い出しました。私はぎょっとしてA君の顔を見つめましたが、その表情はどこか朦朧としていて、いま思えばこのときから、もともとやさしくて穏やかな性格のA君の精神の異状ははじまっていたのかもしれません。


「もう周りに誰もいないかい。……、みんなけっこうマジであせってたよねえ。ヒェッヒェッ……、ウケるう」

 私は呆気にとられてしまいました。

「オレ、リアルな芝居もイケるかも」

 A君はケロリとした顔でいいます。

「あれ芝居だったんですか」

「あったりまえじゃん。あんなトンネル、落ち武者の祟りなんてあるわけないじゃん」

 私はA君に、みんなが戻ってきても東京に帰るまではそのまま寝たふりをするように、そして目を覚ましたとなると、トンネルの中でなにがあったのかと聞かれるはずだから、まったくなにも覚えていない、気がついたら車の中にいたと答えるようにといいました。

 A君は自分はリアルな芝居もできるかもしれない、みたいなことをいっていましたが、あれはリアルな芝居というよりもただ癇癪を起こて暴れたようなものです。

 実際のA君は気が小さく、感情が顔にはっきり出るタイプで、小さな嘘でもすぐにバレてしまうのです。トンネル内での錯乱が嘘だとバレたら、きっとA君はもう番組に呼んでもらえなくなるでしょう。

「爪痕を残しちゃったかも」

 コートに顔を隠したA君はしごく上機嫌でした。

 A君が大暴れした心霊番組は評判を呼び、続編として僧侶や霊能者、心霊研究家をゲストに招いた“徹底調査”が行われました。

 僧侶たちは揃ってやはりトンネルの上の忌地が問題だと指摘し、いったんはその森に入り、しかしあまりに鬱蒼としているので夜間は危険だと途中で引き返して収録は終わりました。

 古い地蔵が3体ほど見つかったのでなんとか番組の体裁は保てましたが、同行したA君に今回はなにも起こらなかったことに、ディレクターは明らかに不満顔でした。

 たしかに錯乱していたあいだのことはなにも覚えていないことになっているA君ですから、これでは同行させた意味がありません。

 しかしそのロケの翌日の夜、A君が自宅に1人でいるときに霊に襲われたというのです。そのときのようすは咄嗟にA君がA君のマネージャーにかけた電話にも録音されていました。

 家具かなにかが倒れる音、A君の悲鳴、そして男の低い唸り声です。唸り声は

〈首が飛んでも恨みは晴らす。末代まで祟るで〉

 と繰り返しいっているように聞こえました。

〈すみません。すみません。やめてください。お願いします。すみません。止めてください。やめてください〉

 このときA君は土下座をして泣きながら訴えました。そしてA君のマネージャーが慌てて駆けつけたときには土下座をしたそのままの姿勢で半分気を失ったようになって発見されています。

 救急車で運ばれ、病院のベッドに寝かされたA君は、そこで武士の生首がいくつも浮遊するのを見たといっていたそうです。

 そしてさらに怪異はそれだけでは収まらず、自宅に帰りまたベッドに横になっていると、今度は何者かに首を絞められといいます。

 これらの話を、私はA君のマネージャーから聞きました。

 私と同じようにA君のマネージャーからの報告を聞いたディレクターは、それならA君の就寝中のようすを暗視カメラで撮ってみよう、また番組がつくれるかもしれない、と抜け目なく考えました。

 実際にセッティングをしたのは、結局、最初のトンネルロケから1週間ほど経ったころでした。

 暗視カメラの映像を再生してみると、眠っているA君の周りを人のように縦に長い黒い影が跳ね回るようすが写っていました。このころになるとA君の挙動が明らかにおかしくなっていました。落ち着きがなく、口数少なく、ときどき独り言を口走ったりしていました。

 そしてそれからまた約1週間後、A君はテレビ局のトイレで首をくくって死んだのです。死ぬ直前まで芸人仲間に自分は祟られているのだと訴えて恐れおののいていたそうです。

 A君が可哀相な姿で発見されたときのA君のマネージャーとディレクターのひどく動揺したようすは忘れられません。

 こうなってしまっては、もうこの一件は番組としては永久にお蔵入りです。

 しかし事件はまだ続きます。ほぼ1ヵ月後に、今度はA君のマネージャーとディレクターが死にました。A君のマネージャーは所属するプロダクションの会議室の椅子に座ったまま、ディレクターは局の喫煙室で煙草をくわえたまま、突然、心不全で亡くなったのです。

 そしてこのときに実はもう1人、ディレクターの上司のプロデューサーも自動車事故で亡くなっています。

 なぜ私がプロデューサーを結びつけるかというと、トンネルに同行したアシスタントの女の子が、このプロデューサーから例の廃トンネルのシリーズを近々もう1本やるから、といわれていて、そのときプロデューサーは「いまいろいろと仕込み中なんだよね」といっていた、と聞いたからです。

 つまり、廃トンネルが怖いという話をA君だけに任せておくのは心もとないというので、それならいっそそのA君から騙してしまおうとしたのではないか、思うのです。

 最初はマネージャーのスタンドプレーみたいなものでしたけれども、それが暗視カメラを仕掛けたあたりからディレクターを巻き込み、最終的にはプロデューサーの諒解を得て進行していた、と。

 そういうことにしておきましょう。

 実はロケの翌日の夜、A君の部屋に小型受信機を仕掛け、〈首が飛んでも恨みは晴らす。末代まで祟る〉と男の低い唸り声を流したのはA君のマネージャーでした。なんとかこのチャンスを掴んでもっとA君を売り出したかったからです。

 そして正直なことをいうと、A君のマネージャーにそんな罪つくりな知恵を吹き込んだのはこの私です。ここだけの話ですけど。



                              (了)



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