【がん治療と重曹】ポスト・シモンチーニの最前線を追え
「がんは真菌(カビ)で、重曹で治せる」、そんな情報を目にしたことがあるだろうか。初期の提唱者にイタリアのトゥリオ・シモンチーニ博士 (Dr. Tullio Simoncini)がおり、日本国内では『イタリア人医師が発見したガンの新しい治療法 重曹殺菌と真・抗酸化食事療法で多くのガンは自分で治せる (世古口 裕司/著)』においても紹介されている。当著作は2019年に刊行され、朝日新聞への広告出稿後に一部から批判を受けるなど、どこか色物扱いとなってしまっている。批判勢力の中には「科学的根拠がない」とTwitterやNHKで断ずるものまでも登場した。
しかし今、世界各地の研究機関において、がん治療における重曹の有用性が解明されつつある。本稿では、ポスト・シモンチーニという観点で、シモンチーニ博士以降の最先端研究が解き明かそうとしている「がんと重曹」の関係性について最新動向を追っていく。
■ 学術雑誌の『Cell』にも掲載された重曹のメカニズム
2018年5月、米ルードウィッヒがん研究所 (Ludwig Institute for Cancer Research) が、重曹が細胞を活性化させて「がん治療」を助けるとのレポートを公開した。
共同で研究していた米モフィットがんセンター (Moffit Cancer Center)も同様のレポートを出していたが根底にあるメカニズムは解明できていなかった。
ざっくり言うと、低酸素症 (hypoxia) の過程において腫瘍細胞への酸素の供給がストップすると、細胞のpHレベルが下がって酸性化し、細胞の働きも止まってしまう。細胞が一種の休眠状態になってしまうわけだが、これらの細胞が「がん化」している場合には休眠状態にあるため化学療法に反応できず、原発性腫瘍を取り除いても後から目覚めた際に、がんの再発を招きかねない。また、酸性化すると腫瘍を攻撃するT細胞の働きも阻害されるので、まさに二重苦になってしまうのである。
そこで酸性状態を中和する重曹の出番となるわけだ。重曹によって酸性度を下げてやれば休眠していた細胞が働きを取り戻し、結果として化学療法が効きやすくなる。
ルードウィッヒがん研究所が解明したメカニズムは、ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌とされる『Cell』にも掲載される運びとなるわけだが、要点はこうだ。
細胞が酸性化するとmTORC1という分子スイッチが止まる。通常であれば、mTORC1は細胞が成長あるいは分裂するのに必要な栄養素があるかを判断する役割を担っている。しかし、ひとたび酸性化して働きが止まると、タンパク質を生成できなくなるとともに、代謝や概日時計を狂わせて、休眠状態へと追いやられるのである。
ただ、重曹を使うことで、比較的容易に元の活性状態へ戻せることが判った。
一連の作用で重要な役割を果たすのがライソゾームだ。ライソゾームとは、タンパク質を消化する袋状の細胞小器官で、mTORが活動する準備ができた際に移動する場所でもある。
通常、ライソゾームは核の周辺にいるのだが、酸性化するとmTORを運ぶライソゾームが核から遠ざけられてしまう。核の周辺にはmTORを活性化させるのに必要なタンパク質があるが、遠ざけられるとタンパク質にアクセスできないために休眠状態へと追いやられてしまう。
重曹を使うことで、この遠ざけられていたライソゾームとmTORを核の近くへと戻すことができるのだ。
■ イスラエルの学府も参戦
2021年には、イスラエルTechnionの研究者が、ナノ粒子状の重曹を腫瘍近くに配置することで、がん治療を促進することを発見した。
原理としては先に紹介したものと同様で、重曹が酸性状態を中和することで、化学療法の効き目を高めるというものである。
研究者のハナン・アブマンハル博士 (Dr. Hanan Abumanhal)は、特に攻撃性の強い乳がんに着目し、腫瘍周辺に配置できるナノ粒子状の重曹を準備した。
重曹によって酸性化した患部を中和することで、抗がん化学治療の効果を高めつつ、投与する薬の量や副作用を軽減できるとしている。
灯台下暗しとはこのことだが、身近にある重曹がpHレベルを制御することで、がん治療の促進や、体への負担とともに経済的な負担を軽減することが期待される。
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