見出し画像

一月と二月に出版された翻訳書

 一月二十七日にエドワード・ケアリー『望楼館追想』(創元文芸文庫)が復刊されました。エドワード・ケアリーが七年を掛けて取り組み、三十歳で発表したデビュー作です。二十年前に文藝春秋から単行本が出た際、この作品の素晴らしさをどのように伝えればいいのかわからず、友人知人に会うと「すごい作家なの、すごい作品なのよ」と芸のない言葉を述べていました。そのうちこの作品の魅力に取り憑かれてしまった方々、とりわけ書店員の方々からからさまざまな応援を受け、素晴らしい評価をいただきました。どんなに言葉を尽くしてもその姿全体を伝えることができないような、不思議で魅力的な引きこもりの人々の世界を、手袋を決して外さない三十七歳の主人公の男の、ひねくれていて臆病な視点から見ている作品です。
 それが今回、装いも新たに文庫として復活しました。二十数年経ってもまったく古びていない美しい世界。悲しい世界。その望楼館の世界を影山徹さんが再び表紙のイラストとして描いてくださいました。
 二十年前にエドワード・ケアリーがこのような作家になるとはだれにもわからなかったのですが、〈アイアマンガー三部作〉をはじめとして、蠟人形館を創ったマダム・タッソーの半生をフランス革命を絡めて描いた衝撃的な作品『おちび』や、「ピノッキオ」を創ったジュゼッペ爺さんが巨大魚の腹のなかで生き延びていく様子を綴った『呑み込まれた男』などを発表し、いまや押しも押されもしない「綺譚を描く作家」になりました。
 
 二月の終わりにはマーク・シノット『第三の極地  エヴェレスト、その夢と死と謎』(亜紀書房)が刊行されました。これは山岳関係者はもちろんのこと、山にはあまり関心のない方もとても楽しめる、というか、はらはらどきどきの展開のノンフィクションです。百年前にエヴェレスト登頂を目指して山へ向かったイギリス人のジョージ・マロリーとサンディ・アーヴィンは、そのまま戻ってきませんでした。イギリスの国家的な威信を賭けてのエヴェレスト登頂の夢が潰え、その後実際に登頂を果たしたのは一九五三年のことでした。そのマロリーの遺体が一九九九年に発見されて大きなニュースになりました。ところがもうひとりのアーヴィンの遺体はどこにあるのでしょう。どうなってしまったのでしょう。ロッククライマーとして有名な著者はその謎を解き明かすべく、仲間とエヴェレストを目指します。そこで彼は、なぜ人はエヴェレストを目指すのか、という大きな謎にぶち当たります。
 この訳書では、古屋美登里翻訳塾の塾生のおふたりには「資料に関する註」や「索引」を丁寧にチェックしていただき、下調べもお手伝いいただきました。本作りのすべてが初めてだったおふたりは、訳稿がゲラとなり、それが本となり、美しい表紙をまとって出版される様子を目の当たりにできて、とてもよい経験だったとおっしゃっています。
 塾生のみなさんはプロを目指すためにこの塾に来ています。本を読み、さまざまな英文に親しみ、言葉を探り、いろいろな経験を積んでいっていただきたいと思っています。こちらも出来る限りサポートしていくつもりでおります。