成瀬とわたし

先日、2024年度の本屋大賞が発表された。
大賞を受賞したのは宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』。
昨年の3月に発売されてからずっと売れ続けている、はっきり言ってバケモノみたいな文芸書。
発売前にプルーフを読ませていただいたとき、これはどうやって売ったらいいのだろうと頭を抱えた。
成瀬は明るく楽しい気持ちになれる物語だけれど、突出したすごい展開があるわけではないし、度肝を抜くような伏線もない。
本当にただ淡々と、成瀬というひとりの少女の生き様を描いている。
しかも、舞台は滋賀県。滋賀県?
大阪在住のわたしから言わせてもらえば、「滋賀って琵琶湖以外に何かあるん?」くらい関西の中でも群を抜いて地味な県。
以前お客さまに「成瀬は天下を取りにいくってどんな話ですか?」と聞かれて「滋賀県が舞台の小説です」と答えたら「滋賀…?」と不思議そうな顔をしていてちょっと笑ってしまった。
どうやって売ればいいのか、まったく分からなかった。

でも、そんな心配も成瀬はどこ吹く風。
発売してみたらあっという間に話題になり、あっという間に在庫切れになった。
とくに京都の店舗に勤めていたときは距離が近いこともあって、滋賀から来てるというお客さまもそこそこいた。
滋賀が舞台のクセつよ女子の物語に、みんな興味津々だった。

成瀬の良いところは、老若男女どんな年代の人でも、どんな性別の人も、気兼ねなく誰でも読めるところだ。
実際に成瀬を買われるお客さまを見ていると、わたしと同年代の方や、もっと若い方、年配の方もいらっしゃって、幅広い年齢層に読まれていることが分かる。
今回の受賞で、自分が置かれている立場や年齢など何も考えずに手に取れる本って、実はすごく少ないんじゃないかと思った。
本を読むことの目的は『考えること』や『答えを見つけること』になったりしがちだけど、そんな難しいことは何も考える必要がなくて、ただ楽しいだけの読書を、成瀬は叶えてくれる。
本来の読書の楽しさは、こういうところにあると思う。

わたしも本屋大賞の投票に参加していたけど、正直に言うと成瀬には投票しなかった。
それでも成瀬が受賞するだろうなという確信と期待はあった。
ここ数年の受賞作は、戦争をテーマにした『同志少女よ敵を撃て』、児童虐待やDVなどの暴力を描いた『52ヘルツのクジラたち』、忘れられない恋の物語『汝、星のごとく』と、重く心に響く作品が多かった。
わたしはこういうずっしりと重い、人生や社会について考えさせられる作品が好きだ。
いつでも人生を変えられる程の読書体験を望んでいるから。
でも成瀬は、あっけらかんとした顔でこの流れをばっさりと断ち切るように大賞を受賞した。
文字通り、天下を取った。
今、社会に必要なのは成瀬のような楽しくて明るい本だと大多数の書店員が思ったという証拠だ。
わたしもこの作品が2024年の本屋大賞に選ばれたことを、本当に嬉しく思っている。
きっと成瀬はこれからもっと膳所から世界へ羽ばたいていくのだろう。

個人的には二作目の『成瀬は信じた道をいく』の方が好きなので、もっと売れればいいな。

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