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(勝手な)帰属意識

 BTSのファンであるイギリス人男性が自身を韓国人だと思っているという話を聞きました。

 そのニュースを読んだ時、何となく自分が持っていた「自分は日本人である」という意識が少し崩れる感覚がありました。

 私は日本に生まれてJapanの名の入ったパスポートを持ち、日本語を話して日本の教育を受けました。それは自分が何も疑わずに生きてきた軌跡。ただ、自分は日本人ではない、もしくはないかもしれない日本に帰属意識がない、もしくはないかもしれない、という気持ちを持って生きていたってよいのではないかと思いました。

 私自身は日本以外の別の国に帰属意識を持って生きていきたいわけではありません。日本人でありながら日本語で日本語の本が読めることを喜びに思っているし、日本という国も面白いと思っている。ただ、自分は本当はどうあるか、本当はどう在りたいか、を考えてみることは良いことなのではないかと思うのです。

 私は日本人だけど外国人だと思っているのでその国のルールで生きていきます!日本の法律は守りませんよろしく!!!!は、考えとして誤りだと思っています。単純な犯罪ですし、そういうモラルのない発想は今話している内容とは別次元の話です。

 ただ、日本という土地に生まれたけれども自分は日本に帰属意識を持ってはいない、と考える発想があってもよいのではないかという考え方です。

 日本という国はある意味特別です。日本以外で日本語が公用語の国はないし、島国ならではのルールは国民性があります。この状況化で生きてきたからこそ、そういった縛りを超えた発想が出来なかったのだろうと自分自身のことを解釈しています。

 うーん難しい話をしたいのではなく、単純にこういう考え方ってあるよね?という話でした(笑)


 
 


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