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「美味しい」をかみしめさせて

「ここ、美味しいけど、やっぱり人が多いなぁ」
私の後ろに並んだ男性二人組のうちの一人が、関西訛りにそう言った。
それを聞いて、当たりの店なのだと確信した私は、心の中でガッツポーズを決める。そして、店を紹介してくれた職場の先輩に感謝する。

出張3日目の夜。今日は昨夜のリベンジマッチであり、絶対に美味しいご飯にありつきたかった。

せっかく出張に行くのなら、何かを楽しみたい。
ならば、王道で食べておきたいものや好きな食べ物を食べる、食道楽な日々を過ごそう。
そう決めて、夕食はひとり飲みをするだけでは飽き足らず、はしごする計画を立てていた。

それなのに、と思い返して、また腹が立つ。
昨夜は楽しくなかった。行きたかった店に行ったのは良いが、常連客にずっと話しかけられ、食事をろくに楽しめなかった。
あちらはきっと、旅先でひとり飲みをしている私に気を遣ってくれたのだと思う。だからこそ、笑顔で対応したし、コース料理が終わるまで席を立たずにいた。
こちらの情報はほとんど出さずにいたが、相手の波乱万丈な半生はしっかり聞いた。

昔から、食べながら人の話を聞くことが苦手だった。相手に対して失礼な態度だと思ってしまう。
相手が喋っている間は、食事に手を付けにくいため、出された料理はどんどん冷えていく。相手は食事を注文せず、お酒を飲むだけのタイプだったため、相手が食べるタイミングで私も食べる、という手が使えない。
口に入れて、脳内で「美味しい」を確認したくても、そのタイミングで質問を投げかけられ、会話に引き戻される。


あぁ、また「美味しい」を逃した。今、咀嚼している料理が何の揚げ物であるかさえ分からなくなる。
せめて、「美味しい」を共有できれば良いのに、と思う。
そうすれば、目の前の食事にも、目の前の相手にも同時に集中できるのに。

そうやって、昨夜のむしゃくしゃした気持ちを反芻していると、前に並んでいた客たちがお店に通され、ついに私の番がやってきた。
今夜の一軒目は、予約のできない、行列ができるおでん屋だ。
日が長くなってきたとはいえ、乾燥した冷たい風が耳に刺さるような夜には持って来いのメニュー。

通されたカウンター席は、数人間隔でアクリル板が設置してあった。これなら、誰かに話しかけられることもない。
とりあえずビールを頼み、席にあった紙に食べたいものを書いていく。

大根、こんにゃく、春菊、はんぺん、卵。追加はお腹の具合次第。
今夜は「美味しい」を逃さない。


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