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母がいた-4

今日も今日とてタバコがやめられない。
風呂上りや食後のタバコが、うまい。

嫌煙家の方にはイヤな顔をされてしまいそうだが、僕は喫煙者だ。もちろん喫煙所でしか吸わないし、タバコが苦手な人といる時は極力吸わないようにしている。が、臭いが残ってたりもするんだろうな。申し訳ないな。とは思うけどやめられないのも事実なのでどうかご容赦ください。タバコが好きなので。

本格的に喫煙を始めたのは成人してから(当時付き合っていた元カレの煙を吐く姿にときめいてとかいう軽薄な理由)だったけど、初めてタバコを吸ったのは中学生の時だった。よくないね。よくないけど事実なので隠さず書くね。

その日、中学2年の春先だったか、学校が終わって体育館裏で時間をつぶしていたら、その場に居たちょっとヤンチャな先輩に影響されて、少し憧れていたのもあって、数本残ったマルボロの箱とカスカスの100円ライターをもらった。

クシャクシャのマルボロを学ランのポケットに入れて、少し自分が強くなったような気になって、いつもより大股で歩いた。

どこで吸おうか。家はまずいよな。帰り道で吸ってみて、家に帰ったら学ランにシーブリーズをかけまくって、風呂に入ろう。もう既にこの考えがみみっちくて今思い出しても恥ずかしいのだが、当時はそれが精いっぱいの背伸びだった。

幸い僕が住んでいた地域は比較的田舎で、人目のないところなんてそこらじゅうにあった。僕は帰り道の途中、用水路が続く路地にヤンキー座り(懐かしいなこの言葉)で腰を下ろす。

ところが、はじめてのタバコなもんだから、そもそも火のつけ方がわからない。片手にタバコを一本持って、先端にライターの火をあてる。一瞬火が付くが、すぐに消える。「なんで?湿ってる?」と首をひねっていると、少し先から「だいすけーー!!!」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

母だ。やばい。あの酒焼けした声。場所を問わずメガホンでも使ってるのかと思うくらい大きなあの声。なんでよりによってこんなタイミングでこんな場所に。僕は背筋に冷たいものを感じた。

とにかく今手に持っているこれを隠さないと。僕は焦って用水路のそばにある草むらにタバコとライターを投げ捨てた。

母が近づいてくる。見られただろうか。母は怒るだろうか。いろんなことを一瞬のうちに考えた僕が、たぶん相当情けない顔で母の方を見ると、母はこれまた大きな声で

「1本ちょうだいー!!タバコ切れたけんー!!」と言った。

呆気にとられる僕の横まで来て、その大きな体を壁にどっしり預けながら、「あれ?さっきのタバコは?捨てた?もったいない!」と怒られた。

そこ怒るの?中学生の息子がタバコ吸ってることにはノータッチで?と思うとなんだか笑えてきて、先輩にもらったはいいものの吸い方がわからないこと、タバコはまだあるから母にあげられることを笑いをこらえて伝えた。

結局母からのお叱りはなく、それどころかご丁寧にたばこの吸い方を教えてくれた。「火をつけながらね、吸うんよ」「最初はむせるけん少しだけね」と。案の定盛大にむせる僕を見て、カラカラと笑いながら母もタバコに火をつけ、ひと吸いしてむせた。

「マルボロ!?重すぎるっちゃけど!あたしピアニッシモやもん」と涙目でいう母と話すうちに、僕の初めてのタバコは短くなっていく。

母の持っていた携帯灰皿(当時は珍しかった気がする)に2本の吸い殻をねじこみ、母ともう少し話した。「お父さんには内緒ね」と言いながら。

「まあ吸うのは自由やけど、タバコは大人になってからの方がうまいよ」という母に、「味とかいつ吸っても変わらんくない?」と聞いたと思う。その時なんて言われたんだっけ。「大人になったあんたがしんどい時に、すぐ消えるような煙が少しだけ支えになる時が来るよ。お酒か、女の人か、お金かもしれんけど。全部ほどほどにしとけばいい」みたいなことを言われた気がする。

中学生の当時は何を言ってるのかわからなくて「ふーん」とだけ流したが、大人になって喫煙歴も10年を超えた今、その時母が言っていた意味がなんとなくわかってきたように思う。

あの頃、深夜のトイレに起きた僕がたびたび目にした、リビングの換気扇の下でどこかを見つめ、タバコの煙をくゆらせていた母は何を考えていたんだろうか。甘い匂いのする細いタバコが、少しは母の支えになっていたんだろうか。そうならいいなと、思う。

一般的な(あまりこういうくくり方は好きではないけど)母親として世間から褒められるような完璧な人ではなかったし、その豪胆さに面食らうことも多かったけど、それでも母から得たものは人よりもとても多かったように思う。大人になってから役に立つ考えが多かった。良くも悪くも、人の心を知っている人だった。

今、母と並んでタバコを吸えたら、どんな話をするだろう。用水路で話していたことの意味を確かめたり、換気扇の下で何を考えていたのか、聞けたら楽しいだろうなと思う。そんなことを考えながら、タバコを咥えてこの記事を書いている。

中学生の息子にタバコをねだり
数十年後に響くような言葉を残し
煙のように僕のそばを離れてしまった
そんな、母がいた。

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