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”彼女”の居場所(夢をもとに)

「見えないんですか?」

開口一番、医者は丸メガネの奥の目をくりくりさせながら言った。
「いえ、いえ。」
肯定ではなく、動揺したために口をついて出たのだ。首を横に振る。
僕の立っている目の前には患者の座る椅子が、正面ではなく横向きになっている。
当然みえない。そこに誰かがいるなんて。幽霊のことだと直感した。まるでみえないテレパシーのように。この医者は精神科医かその類だろうが、あまりにもそれらに対して正気じみていた。おかしいことだ。演者かなにかに違いない。そうだ、正確には言葉の熱量が真に迫っていたからである。

「あなたには”彼女”を見る覚悟がないんですね。」

覚悟なんていらないから早く帰してくれと一心にうなずいて、勝手に出ていった。彼は止めなかった。
階段を上がりながら考える。女の幽霊ほど典型的でおそろしいものはないじゃないか。

とうに見慣れている

脳裏に浮かぶ既視感を無視し続けて、足が止まる。なぜか時間は止まったままで。退路が絶たれてしまったネズミのような感情を押さえつけるのに必死で。
―大抵の場合般若じゃないか。
思考をどうにかしようとして過去から引きずり出した記憶のテープを回し続ける。
恨みつらみなんて御免だ。ましてや死後にあらわれるなんて。

言い忘れていたが、医者の部屋にいたときも僕のそばには一人の女性がついていて、傍観者の立場として、自分の影のように意識すらしなかった。

影ならばよかったのだ。

階段は終わらない。
恐怖のために。

「どうして闇を見ないんですか」

あの医者の言う闇とはなんだ。
顔をあげると、足がみえた。白いワンピースも。だが顔は、空白だった。

「見えないんですか」

笑っていた。ふわふわした長い茶髪に、かすかにしおれた花のような微笑をたたえながら。



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写真は Larisa KoshkinaによるPixabayからの画像 から

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