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大評判! 内澤旬子さんの最新刊『着せる女』試し読みページさらに公開です!②

新刊告知と同時に話題沸騰となっております内澤旬子さんの最新刊『着せる女』(2月中旬刊行)の試し読みページをリクエストにお答えしさらに公開第2弾! 服屋に行くのが、面倒くさい、怖くて入れない──そもそも服を買いに行く服すらない!? 友人知人の中年男性たちを、スーツ・ソムリエの力を借りながらシュッとカッコイイジェントルマンに変貌させていきます。単行本発売までお楽しみに!

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『着せる女』
内澤旬子(本の雑誌社 2月中旬刊行)
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114396.html

スーツをめざせ!

 高野秀行さんが、講談社ノンフィクション賞を受賞された。
 本当に喜ばしい限りである。んが、担当編集者の杉江さんと私はすでに候補が公表された時点から、受賞したらスーツ見繕わせてもらえないかなーと、狙っていたのである。発表日に何度も携帯で結果にアクセスしたのなんて、はじめてのことであるし、今後もないだろう。自分のエッセイ賞受賞の時だって発表がいつかも全然知らなかったところに、突然電話で告知された。
 もちろん杉江さんはスーツのことだけでなく、受賞用の帯を刷り、万感の想いを込めて発表を待っていたのであるが。ええ、私ももちろん高野さんにとって欲しかったし、すごく嬉しかったのも間違いないのだけれども。
 なにしろ高野さんは、宮田さんに勝るとも劣らない残念な服を着る男。フォーマルな格好は知らないけれど、カジュアルな服に関しては、いつ会っても訳がわからないというか、形容しがたい残念感と怪しさに包まれている。
 宮田さんの服が時空を超えたダサさだったのに比べ、高野さんの服はダサいというよりは、怪しいのである。愛用しているジャケットにはカチン独立軍の服もあるとか。で、悪いんだけど、似合わない。怪しさも、鳥肌実のように似合っていれば、それはそれで服の役割としては正しいのだが。
 高野さんの「未確認」や「謎」が好きなキャラクターを活かしつつ、似合う服ってのは、一体どんな服なんだろう。宮田さんみたいにアイビートラッドに沿った服を着せておけば、ヒョットコ感まで勝手に出る、というのとは違うような気がする。
 難しいよねー、高野さんは。宮田さんのようにはいかないかも。何着せたらいいんだろうかね。と、杉江さんと私は、本人抜きで高野ファッション談義に散々花を咲かせてきたのである。
 しかしスーツとなれば話は別だ。しかもフォーマル! しかも授賞式! しかも主役だ! そして会場は日比谷の東京會舘と来たもんだ!!
 こりゃもうね、私服のセレクトとはまるで違う考え方をしなくてはならない。怪しくなんて、斜に構えている場合じゃねえだろ!
 そうなのだ。高野さんはノンフィクション作家としてデビューして、数々の面白い作品を書きながらも、長らく正統派ノンフィクションとして評価されて来なかったのである。それが今回ようやく晴れての受賞となったのだ。
「高野さんは例のカチン独立軍の服で行くとか言ってますが、やっぱりここは、そんな怪しいふざけた格好じゃなくて、ちゃんとした格好で臨んでもらいたいんです」
 と、杉江さんは力を込めて語る。私もそう思うよ。いわば〝我こそ正統派である〞宣言なんだからさ。それにああいう場所ってのは、ハンパにふざけたり斜に構えたところで、どうにもならないのである。普段着のままで行ってスーツと正装に囲まれて、挙動不審になって撃沈、とまでは言わないけれど、受賞者が誰だかわからん!!みたいな事態も見てきた。誰とは言わんが。
 ああいう場所が苦手な人間こそ、ちゃんとした服を着るべきなのだ。その場の役割に合わせた服を着たほうが、異物を見るような視線を浴びることも減り、少しは気楽に振舞える。というのが、パーティー大嫌いの私が、数少ないパーティーにしかたなく出てみて得た持論なのである。
「それと、もうひとりの受賞者が角幡唯介さんじゃないですか。若いしイケメンだし、高野さんと並んだときに……」
 おうっ。実は私もそれはちょっと気になってはいたのだ。やっぱ、あれだよねえ、角幡さん、スーツ似合うだろうし、ここは見劣りしないようにしたいよねえ……。
 侃々諤々と話し合う杉江さんと私。なんだろう、お母さんというよりは、舞踏会にシンデレラを送り出す魔女の気分? いやいや、我々の魔法は解けちゃ困るんだけど。
 それにしてもスーツかあ。スーツ、大好物ではあるけれど、見てるだけだから、ブランドを意識したこともないし。そもそも周りにスーツを着てる人少ないし。お洒落に着こなしてるひとなんて、いたっけ?
 ぼえっと考えながら、朝日新聞の書評委員会議に出たら、いとうせいこうさんにお会いした。あ、いとうさんがいたか。いたな。お気に入りのスーツのブランドを教えてくださいませんかとメールを出してみたら、速攻で「ニール・バレット、遊び出すならラフ・シモンズ、シャツは絶対トム・フォード」というハイブロウなお返事が来た(本当はもっと長く親切に解説してくださっている)。さすが、メディアに長らく顔を出している方は自己客観化が優れている。ああ、なるほどいとうさんだと納得するセレクト。ニール・バレットはレディスもあり、すっごいカッコよくて私も大好きだが、着たことはない。なぜなら高いから。くっ。
「僕には呪文にしか聞こえません。全然わからない??」と杉江さん。まあね。私だってそんなに詳しくないですが、それぞれのブランドが醸し出すイメージはなんとなくはわかります。布地から仕上がりを予想しながら選ぶオーダーメイドは、初心者には負担が重過ぎるし、時間もかかる。ブランドのスーツを試着するほうが、イメージは湧くはず。サイズ直しのほうが時間も短いだろう。となると、今シーズンのそれぞれのブランドの特徴をきっちり把握しないと。一口に正統派ったって、いろいろあるもんなあ……。
 今をときめくメンズファッションブランドを高額からリーズナブルまで、ざっと一覧できるところといったら、それはやっぱり、海老蔵の館(注)、有楽町の阪急メンズ東京。
「なにかお探しですか」
 平日のまっ昼間、ひとりで来ている中年女なんかいない。開館以来、はじめて中に入ったわけであるが、メンズ服ばっかりであることにしばし圧倒される。ジャケットに手をかけた瞬間、すかさず寄ってくる店員。
「ええ、フォーマルな席のスーツを〝下見〞に来たんです」
 店員を見返し、スーツを上から下まで眺めながら言う。ああ、自分の服を買うときにはここまで強気になれない。なぜ他人の服となると、こんなに強気になれるんだろう。友情? それとも使命感? いや、全然違うな。
(注・二〇一四年当時、市川海老蔵が阪急メンズ東京の広告キャラクターをつとめていた)

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『着せる女』
内澤旬子(本の雑誌社 2月中旬刊行)
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114396.html

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