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五臓六腑に沁みわたる酒場エッセイの至宝! 大竹聡『ずぶ六の四季』(本の雑誌社)試し読み!!

本の雑誌社

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少し飲むのは、得意ではない。
飲めばたくさん、が、私のスタイルだ。
お酒をください。

「週刊ポスト」(小学館)の人気連載「酒でも呑むか」が、待望の単行本に。かつて酒場の店主に言われた「人生、焦るなよ。自然に生きるんだ」を胸に、文章に向かい合ってきた大竹聡さんがたどり着いた、五臓六腑に沁みる渡るエッセイの至宝です。代表作となるべく、カバー・表紙の挿画は盟友・牧野伊三夫さんが描いてくださいました。

「なるべく店の邪魔にならぬように静かにのんでいるうちに、ああ、ここのつまみは、うめえな、とちょっとした有難みが腹に沁みる。そういう店、そういう味に、長い年月かけて、いくつか出合ってきた。」(本文より)

大竹聡『ずぶ六の四季』本の雑誌社
2022 年2月25日発売
四六判並製 312ページ 定価(本体1,700円+税)
ISBN978-4-86011-463-3

はじめに──酒は飲め飲め、飲むならば

 飲み始めて四十年にもなろうというのに、昨今、酒がうまくなってきた。以前から酒は好きだったし、うまかったわけだから、今さらナンだと自分でも思うけれど、そうとしか言いようがない。居酒屋で、バーで、おでん屋、寿司屋、蕎麦屋、中華屋で、ふとしたときに、ああ、うまいなと思う。外にいるときだけでなく、自宅で、いただきものの焼き海苔と白菜漬けをつまみに、深夜、燗酒を啜るときなどは、ああ、うめえ、と声に出していたりする。そんなとき、きまって、なんだかありがてえなあ、という気持ちになっている。

 年齢と関係があるのかもしれない。こういう酒のうまさに気づいたのは、四十も半ばを過ぎてからのような気がする。いや、もっと正確に記すなら、ああ、酒がうめえや、と思う頻度が、中年になってから高まったということだろう。というのも、私は二十代の終わりごろには、当時住んでいた団地の空き地で焚火をしながらウイスキーを舐め、うまいなあ、とぼんやり思っていたりもしたのだ。

 晩秋の夕方、そろそろとっぷりと暮れる頃、空気もすっかり冷たくなった空き地で火を眺め、ウイスキーをキャップに受けながら舐めるように飲む。かなり爺むさい青年であったけれども、あの頃すでに、ウイスキーが腹に沁みてポッと身体の中に火をともすようなあの感覚を、うまいなあ、と感じていた。ひとり飲む酒がしみじみとうまい。そのことを、ごく若い頃から知ってはいたのだ。

 酒飲みにもいろいろなタイプがあるようだが、思うに、この、ひとり飲みが好きというのは、大酒飲みになる素質のひとつかもしれない。

 酒は飲め飲め、飲むならば。これは黒田節の有名な一節。今の福岡県の黒田藩の使者、母里友信が京都伏見滞在中の戦国武将、福島正則を訪ねるが、勧められた酒を固辞すると、黒田の武士は情けないと挑発される。いわく、飲み干せたならば好きな褒美を取らす。ならばと友信、大杯の酒をひと息に飲み干してみせ、福島正則所有の名槍を持ち帰った。このエピソードが、民謡、黒田節になったということなのだが、言わんとするところは、大酒家は偉いということか。大酒飲みも酒豪と表現を変えれば、偉そうに聞こえるナ。

 しかし、自分がどれくらい飲めるか、あるいは飲んだことがあるか、なんていう話は、たいしておもしろくない。聞かされているほうはただ飽きるか辟易するしかなく、酒場の話題としては、そう、程度が低い。

 そんなことを言うために黒田節を引っ張ってきたのではないのです。前置きが長くなったが、大事なのは、「酒は飲め飲め」という一節だ。最近酒が続いたからとか、ちょっとカネが苦しいとか、そのような事情で飲むか飲まぬか躊躇うくらいなら、迷うことなし、飲め飲め、と勧めたいのである。

 アルコールハラスメントをするつもりは毛頭ない。そもそも酒を好きでない人や、金と時間の節約こそ億万長者への道ならば酒を遠ざけるべしと考えている人に、飲め飲めとは言わない。ただ、いい歳こいてひとり飲む酒に「ああ、今夜もいい酒だね」と深く気持ちを通わせるためには、酒が身体に馴染んでいる必要があるという。酒は飲め飲めの時期にも意味はある、ということだ。

 私は、自慢じゃないが、酒に馴染んでいる。というより、酒でひたひたになってきた。過去形で書くのは、昨今は、〝ひたひた〟までは飲まないからだが、それでも、まァよく飲むなァと我ながら思うくらいには飲んでいる。本編にも書いていますが、なかなかの大酔っ払い状態、あるいはそういう人を、江戸時代、「ずぶ六」と呼んだそうな。私のことですな。この六は程度を示していて、酔いの程度によって「ずぶ三」から、ひどいのは「ずぶ十二」くらいまであるという。ちなみに「ずぶ六」は酔って寝てしまうレベルである。

 本書に収めた短文は、そんな「ずぶ六」であるところの私の四季折々の酒風景。「酒は飲め飲め」で酒に馴染んできた飲兵衛の、世迷言です。どうぞ、軽く一杯やりながら、ゆっくりつまんでやってください。

三鷹の煮込み

 寒くなると思い出す一軒の大衆酒場がある。場所はJR中央線三鷹駅の南口。たびたび暖簾を潜ったはずなのに、どうしても名前が出てこない。ペデストリアンデッキができる前、ロータリーの端っこにあった、割と大きな店である。

 深夜バスの最終が、たしか午前零時ちょうど。深夜帯の本数は一時間に二本あったかどうか。

 真冬、風に吹かれながらバスを待つ間に、営業マンであった私は酒場へ飛び込み、燗酒と、煮込みか肉豆腐を頼んだものだった。

 三十分一本勝負。これで身体は温まる。煮込みには七味をたっぷりふって、熱々のうちに、がっつくようにして食べ、酒も、熱すぎるくらいのを、ぐいぐいと飲む。食道から胃袋へ、熱い液体が落ちていくと、腹の中にマッチで火をつけたみたいに、そこだけほんわかと温かくなる。実に気分がいい。

 それから、ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗って、生まれ育った団地へ帰り、子供たちの寝顔をちょっとだけ見て、すぐに眠ったものである。

 同じ三鷹駅南口のやきとり屋の煮込みもうまかった。ここは閉店が早いので、駆け込みで飲むことはなかった。むしろ、少しばかり時間の余裕があるときに寄った。

 やきとり、と言っても若鳥とツクネ以外は豚なのだけれど、注文の最低単位が六本と決まっている。

 タン、ツクネ、ナンコツをそれぞれ二本ずつ頼むことが多かった。それと、決まって注文したのが、お新香と煮込みであるが、煮込みの人気が高く、ひと鍋売ってしまうと、品切れ御免という形になっていた。

 ある土曜日、競馬新聞かなんかを手に早い時刻に店へ行って飲んでいたら、近所のおばさんが訪ねて来た。寄合りがあるから、煮込みをちょうだい。手にでっかい鍋を持っている。

 どうするのか見ていると、店のオヤジは、店の鍋にある煮込みを、おばさんの鍋いっぱいに移した。店の鍋にはもう、いくらも残っていない。

「売れちゃった。品切れだね」

 そんなことを言って涼し気に笑っている。私は大急ぎで煮込みひと皿を注文し、なんとかレモンハイのつまみを確保したのだった。

 この店は場所を変えて今も営業している。久しぶりで訪ねたとき、三十年ぶりとは思えないほど変わりない主は、私を見ると、しばらく視線を外さなかった。

 ああ、オヤジさん、オレのこと、覚えているんだ。長いこと酒飲みをやっていて、これくらい嬉しいことはない。昔の恋人にばったり会えたような、格別の嬉しさ。タン、ツクネ、ナンコツ、お新香、煮込み。私は、〝あの日〟と同じ品を頼み、軽く涙ぐんでしまうのだった。

晩秋の二人酒

 郊外の私鉄の駅の近く。カウンター一本、小テーブルが二つという、こぢんまりとした店で飲んだ。居酒屋、小料理、割烹、どう呼んでもいい、つまみのうまい店だ。

 私は、野菜の煮物では、福岡で言うがめ煮、いわゆる筑前煮が好きだが、そうした小鉢とか、お通しで出るヒジキの煮付なんかが、とてもうまい。野菜や魚介の天ぷらもこの店の自慢で、女将さんによれば、その昔は天ぷら屋として店を開いていたことがあるという。

 二軒隣の古いもつ焼き屋に通った頃には、すでに何年も店をやっている風情だったから、主人も女将も、七十代の半ば。ひょっとすると八十歳に近いかもしれない。

 白の調理衣を着た、ゴマ塩頭の主人が同年代と思われる客と言葉を交わしている。客の隣には、私と同年配くらい、つまり五十代半ばの男も座っている。年齢差からして親子かと思ったが、風貌は似ていないし、よく見ると、親子にしては年が近い。

 さりげなく会話に耳を立てると、どうやら、先生と生徒、というより部活の顧問と当時の部員という間柄のようだ。日大三高とか東海大相模という名前が聞き取れて、野球部だなと推測した。

「お前たちのチームは、あの試合。あれでよかったんだよ」
「でも、後悔が残りましたよ」
「いや、真正面から堂々とやって打たれたんだ。野球には勝ち負けより大事なことがある」
「ありがとうございます」

 どちらが誘った酒か判断はつかない。が、旧交を温めつつ、いい酒を飲んでいるようだ。

 これに似たシチュエーションは、私にも経験があった。

 私の父が死に、込み入った事情で相続放棄する必要が生じ、それもようやく一段落した頃、幼馴染の父親が酒に誘ってくれた。また別の店での話である。

 父は私の子供時代に家を出た切りだった。そして幼馴染の父も、家族と別れ、ひとりきりで暮らしていると聞いていた。ふたりは私の所属した少年野球チームの指導者であり、団地のご近所さんであり、飲み友達だった。

 私が子供時分から父のことで屈託を抱えていたことを、この人は知っている。二人では食べきれぬほどの酒肴を並べ、したたかに飲み、酔って、ようやく、言った。

「お前のオヤジさんはな。いい人だったよ」 

 団地の祭りや野球の試合のことなど、それまで話していたことが全部飛んで、私は頭を下げた。

 ただ、ありがたかった。父の晩年と死の始末をつけた安堵が胸に広がった。感情が高ぶるのを抑えるために深呼吸をし、コップの酒を飲み干して、息を吐いた。

 二十年前の、晩秋のことである。

目次

はじめに―酒は飲め飲め、飲むならば 11

Ⅰ 晩酌のない生活は考えられない

スマホ使いの昼酒爺さん 16
わが憧れの朝酒とは 18
震える右手をじっと見る 20
注文の呼吸 22
夏においしい魚介の話 24
酒場におけるマナー以前の問題 26
半端な料簡 28
私の名店 30
私のぐい呑み問題 32
もてなし 34
屋台のおでんはなぜうまい 36
旅酒はハイテンションで 38
おいしい戴き物の話 40
鯵の味あれこれ 42
コップでやるウイスキー 44
揚げ物思う昼の妄想酒 46
そろそろお鍋でしょうか? 48
正月の餅 50
寒ブリよりツバス 52
酒を抜くか抜くまいか 54
コートの始末 56
微発泡のうまさ 58
二月の雑煮は酒のつまみ 60
猪口とぐい呑み 62
メダカの凍死 64
地獄の二日酔い 66
晩酌もチャンポン酒である 68
外房の誘惑 70
釣って食うヨロコビ 72
神田の大衆割烹閉店す 74
あんかけ焼きそばでウイスキー 76
春秋の外酒 78
魚屋さんのアプリ 80
モツ焼き 82
丼でビール 84
私の趣味 86
剣菱の樽酒 88
雨の水曜、駅前酒場にて 90
ひやおろしの誘惑 92
シュウマイの恥ずかしさ 94
小料理屋が恋しいぞ 96
モツ焼きで飲む酒 98
宵越しの銭 100
秋本番、真冬の鍋を思う 102
酒場の世間話 104
湯島のたらこ 106

Ⅱ 穏やかな人間になりたい

たまの贅沢 110
寄り道酒 112
料亭の一番メシ 114
土手の茶屋、閉店す 116
秋の日の蕎麦前うまし 118
柔軟な嗜好 120
酔っ払いの年頭所感 122
忙しない真冬 124
不変のスタイル 126
イカゲソの誘惑 128
お燗のこだわり 130
湯宿の深夜酒 132
年の功 134
校歌斉唱 136
秋田、春の飲み旅 138
銘酒とガッコと笹かまと 140
なみだのホッピー 142
ひとり自宅で飲む酒 144
立ち飲みの愉楽 146
老舗のつまみのうまさ 148
払暁の般若湯の功徳 150
友、遠方より来たりてサワー飲む 152
井戸水のプール 154
汁で飲む酒のうまさ 156
ダービー酒 158
テレビ酒、ラジオ酒 160
自分探しの旅酒 162
梅雨時のレモンサワーがしみる 164
外酒の格別 166
名古屋の夜は終わりなし 168
お師匠と弟子 170
月見の酒 172
アーカイブ酒はうまし 174
親子三代、ホッピーは濃ゆい 176
米と麦の相性 178
漬物酒はとまらない 180
札幌、雨上がりの夜 182
ウイスキーのうまさ 184
私鉄沿線 186
三鷹の煮込み 188
豆腐一丁で酒は飲める! 190
今年最初の遠征酒をネタに飲む 192
真冬の午後のひだまりの...... 194
坪内祐三さんからの電話 196
スナック&ビール 198
大根の皮ってヤツやなかなか 200
生酔いと泥酔の間 202
長崎の絶品アジ 204
熟練の技 206
たまには調布で懐旧ひとり酒 208
江ノ電、鎌倉、ヒラメの昆布締め 210
老舗の洋食で少し飲む晩 212
初夏のひとり旅 214
東北の遅い春は車中泊か 216

Ⅲ ああ、飲みに行きてえな

ひとり花見と寄り道酒と 220
大麦畑の幻 222
たこ梅恋しい深夜酒 224
ありがてえ焼肉弁当の話 226
私の接待 228
連夜のぶたしゃぶ 230
うまい梅干し 232
夏の朝酒 234
シンコと馬券 236
昔は出前、今は出向く町中華 238
酒と米とどちらかにせねば 240
御前崎の冷たい味噌汁 242
飲酒前散歩のススメ 244
チャーハンは酒に合うのか? 246
銀座の昼酒 248
脱臼の痛み 250
秋の夜の半月とおでんのこと 252
晩秋の二人酒 254
私のアルコール濃度 256
雑煮、雑炊、粥で祝う正月 258
酒場の相性、舌の英才教育 260
なりたい私 262
私は杜氏にもなりたかった 264
旅した気分で今夜も深酒 266
春の家飲み、深夜の悶え 268
時空を超えてリモート酒を 270
ぶらり港町・泊飲みの魅力 272
晩酌をうまくする方法序説 274
私の夢と希望 276
鯉を喰ったり釣ったり 278
魚介と桜をめでる春の酒 280
地魚鮨の記憶で地酒を飲む夜 282
温泉場に長逗留する夢 284
梅雨前の瀬戸内フーテン旅 286
モルトで祝うコロナ禍の深夜酒 288
浪江の酒復活に東京で涙する 290
葉巻とギムレットの人 292
吸い飲みでハイボールを! 294
酷暑のビールに勝るものなし 296
緊急事態とイワシの梅煮 298
月と角ハイ 300
バッテラとやきとり 302
哀しくて酒を飲むのみ 304
勘が鈍る 306

締めの一杯―あとがきにかえて 308

著者プロフィール

大竹聡(おおたけ さとし)
1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年仲間と共にミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊。

著書

『今夜もイエーイ』(本の雑誌社)
『下町酒場ぶらりぶらり』(本の雑誌社)
『ギャンブル酒放浪記』(本の雑誌社)
『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』(ちくま文庫)
『酒呑まれ』(ちくま文庫)
『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)
『酔っぱらいに贈る言葉』(ちくま文庫)
『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)
『まだまだ酔ってません 酒呑みおじさんは今日も行く』(双葉文庫)
『それでも酔ってません 酒呑みおじさんは今日も行く』(双葉文庫)
『レモンサワー』(双葉文庫)
『ひとりフラぶら散歩酒』(光文社新書)
『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)
『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)
『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)
『もう一杯!!』(産業編集センター)

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大竹聡『ずぶ六の四季』本の雑誌社
2022 年2月25日発売
四六判並製 312ページ 定価(本体1,700円+税)
ISBN978-4-86011-463-3

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本の雑誌社
1976年4月に椎名誠、目黒考二らの手で創刊。従来の書評紙、新聞雑誌の書評ではほとんど取り上げられることのなかったエンターテインメント作品の書評を中心に、本や活字に関するありとあらゆる情報をオリジナルな切り口で提供、月刊誌として毎月10日前後に発売しています。