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【イベントレポ】化石の性別、どこまでわかる? #『恋する化石』 を語る第1夜(前編)

 例えば博物館で、大きなティラノサウルスの骨格に圧倒されながらふと考える。「こいつはオス? メス?」「化石のどこを見れば性別がわかるの?」「そもそも恐竜の性別ってどこまでわかっているのだろう」……いや、嘘だ。そんなこと思いもしなかった。歩行姿勢や羽毛恐竜の羽毛の色まで解明されている時代である。なんとなく、すでにいろいろなことがわかっているのだろうと思ってしまっていた。
 化石は、太古の生物の骨や殻が残されたもので、肉や内臓などの軟組織はほぼ残らない。性別を示す直接証拠である性器も、もちろん残らない。故に、古生物の性にまつわる情報――性別はもちろん、求愛、交尾、子育てなどに関することは、21世紀になって久しい今も、その多くが謎に包まれたまま、なんだとか。
 2021年12月、クリスマスイルミネーション華やぐ季節に、そんな古生物たちの性にスポットを当てた本が発売された。『恋する化石 ―「男」と「女」の古生物学―』で描かれるのは、化石に残るわずかな痕跡から太古の秘め事を暴こうと果敢に挑み続ける者たちの、最高にロマンチックな研究の軌跡だ。
 この本を企画し、1冊にまとめた著者の土屋健さんと、イラストを担当したツク之助さんにお話を聞いた。

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*本記事は、2021年12月18日に開催されたオンラインイベント「『恋する化石』刊行イベント 〜聖夜に話したくなる、性なる化石話〜」の内容をもとに作成しています。

※イベント告知時の画像です※


ペニスは化石に残らない

――土屋さん、早速本題なのですが、そもそも、化石の性別の判定って超難しいんですね。

土屋:超難しいです。ペットを飼っている方とか、動物に触れたことがある方はわかると思うんですけど、「男の子かな? 女の子かな?」って性別を確認する時に、体をこう持ち上げて、付いてたら男の子、付いてなかったら女の子って判断しますよね。そこが、化石には残らないんですよ。

――ここは恥ずかしがらずに言っちゃいますけど、いわゆる「ペニス」ですね。

土屋:いわゆる「ペニス」です。

――確かにこれまで、古生物の性に関することって、あまり本になっていない気がします。そんな難しいテーマの本を書かれようと思ったきっかけはなんだったのですか?

土屋: 2019年に行われた古生物学会の懇親会の席で、私の大学時代の恩師である神谷隆宏先生から「おもしろい話がある」って声をかけてもらったんです。それが、介形虫のオスとメスの話で。

ツク之助:コロナのコの字もなかった頃ですね。

土屋:そうそう、懇親会ができていたからね。で、このテーマは本当にすごくおもしろいなと。その時は具体的な話にはならなかったんですが、のちに別の取材で先生を訪ねた時に「あの話、覚えてます?」って切り出して、そこで本にするための具体的な構想を練っていった感じです。なので、最初は先生から提案されているんです。

――最初のきっかけは恐竜ではなく介形虫だったんですね。

土屋:介形虫は、この本の中でも恐竜やアンモナイトに比べたらあまりメジャーな存在ではないので不思議に思われたかもしれないですけど、古生物学をやっている人間にとってみたら、古生物で性の話をするならまず介形虫というのは基本ですね。介形虫はこのテーマのコア・オブ・コアです。

――古生物の性を語るならまず介形虫! なるほど。


「オストラ」に恋して

――今お話にありましたように、『恋する化石』は1章の恐竜から始まって、アンモナイト、絶滅魚類、哺乳類と続いて、最後に介形虫が登場します。勉強不足ながら私はこの「介形虫」がちょっとわからなくて……介形虫ってなんですか?

土屋:介形虫は貝ミジンコとも呼ばれますけど、ミジンコとは別の甲殻類です。日本人にとって一番なじみのある介形虫はウミホタルじゃないかと思います。

――あの、パーキングエリアの名称にもなっているやつですね。

土屋:東京湾アクアラインの、あの辺にももちろんいるし、介形虫自体は池とかいろんなところにいますね。で、介形虫は殻が硬いので、太古のものが化石に残っていて、それを現生のものと比べながら研究できるという利点があります。

――ツク之助さんは、介形虫のイラストを描くにあたって、知識はお持ちでしたか?

ツク之助:介形虫って、英語のオストラコーダ(Ostracoda)を略して「オストラ」とも呼ばれるんですけど、その「オストラ」という名を耳にする機会はよくあったので言葉では知っていたのですが、じゃあどんな生き物かっていうのは全然知らなくて。監修者の神谷先生との打ち合わせの前に土屋さんに資料をいただいて、それを全部暗記する勢いで読み込みました。それでも、実際に神谷先生にお会いしたら、それ以上のお話をたくさん聞けて、それがおもしろくて。……いや、介形虫おもしろいですよ。最終的には介形虫に惚れてしまいましたね(笑)。

土屋:介形虫に惚れた、っていいね(笑)。

――ツク之助さんも惚れてしまうほどにおもしろい介形虫。実は介形虫についてこれほどページを割いて詳しく書かれた一般書も『恋する化石』がおそらく初ではないかということなので、興味を持たれた方はぜひ読んでいただきたいですね。

土屋:もし古生物学者と話す機会があったら、「オストラ」と言うと「お、わかってるね!」ってなるのでおすすめですよ。

ツク之助:古生物学者との合コンにも使えます!


ペニスがなければどこを見る?

――ただこの本は、ペニスが残っていないという点で性についてすごく謎に包まれている「恐竜」の話から始まります。そこで登場するのが「性的二型」というキーワードなんですが、この性的二型について教えてもらえますか?

土屋:まず「二型」について説明すると、文字通り2タイプっていうことなんですが、同じ種においてAというタイプとBというタイプがあります、というのが二型です。「性的二型」とは、そのAタイプとBタイプがオスかメスのどちらかですよ、ということです。

――なるほど、わかりやすい。

土屋:でも、化石でしか知られていない、現生のものと比べることができない恐竜のような生き物は、例えばよく似ているけどちょっと違う特徴を持つ2個体がいた時に、それがオスとメスの違いなのか、あるいは似ているだけの別種なのか、そこがまず議論になるところなんですね。オスとメスの違いであると結論づけるためには、まずは同種であるという前提がないといけない。

――今、チャット欄の方で「成長段階によっても姿が変わりますよね」というコメントをいただきました。

土屋:その通りですね。我々ヒトでも、大人と子供、それに周りを見渡してもこれだけの個体差があるし、地域や時代でも違う。その膨大な情報の中からどれが「性」の情報を表したものなのかを見分けないといけないんです。

――ではこの性的二型にたどり着くまでにも、すごくいろんな角度からの検証がされているということですね。

土屋:恐竜は最もポピュラーで人気のある古生物ですけど、ペニスは残らないし、性的二型であると言われている情報ですら結構あやふやで、このテーマを語る上ではわからないことだらけ。そんな中で研究者たちがどんな研究をしているのか、そこを本で読んでもらいたいです。

(聞き手:星詩織 / 編集:藤本淳子)

#『恋する化石』を語る第1夜(中編)へ続く

profile
土屋健
サイエンスライター。オフィス ジオパレオント代表。日本地質学会員。日本古生物学会員。日本文藝家協会員。埼玉県出身。金沢大学大学院自然科学研究科で修士(理学)を取得(専門は、地質学、古生物学)。その後、科学雑誌 『Newton』の編集記者、部長代理を経て、現職。愛犬たちと散歩・昼寝を日課とする。2019年にサイエンスライターとして史上初となる日本古生物学会貢献賞を受賞。近著に『地球生命 水際の興亡史』(技術評論社)など。

ツク之助
いきものイラストレーター。爬虫類や古生物を中心に生物全般の復元画や商品デザインを描く。著書に絵本『とかげくんのしっぽ』、『フトアゴちゃんのパーティー』(共にイースト・プレス)。イラストを担当した書籍に、『イモリとヤモリ どこがちがうか、わかる?』(新樹社)、『マンボウのひみつ』(岩波ジュニア新書)、『小学館 はじめての国語辞典』(小学館)、『恐竜・古生物ビフォーアフター』(イースト・プレス)など。爬虫類のカプセルトイシリーズ(バンダイ)も展開。



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