見出し画像

【長浜人形】良質な石見の土が生み出す 優しい表情の土人形(島根県浜田市)

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2019年10月号より)

 ひと目で恋に落ちてしまった。不敵な笑みを浮かべた顔、含蓄のありそうな生真面目な目つき。いわゆる“カワイイ”招き猫とは一線を画する妙に可笑しい顔の猫達。

「江戸時代から続いてきた形です。独特の味わいっていうのは、昔のものを変えなかったからこそ感じられるのかもしれません」

 父の代から長浜人形を作り続けてきた日下(ひのした)悟さんは、作品をしみじみと見つめながら話し出す。

1910_これいいねD02*

「日下義明商店」の日下悟さん。長浜人形の作家が神楽面を作ることも多い

 島根県浜田市で作られる長浜人形は、約400年前に朝鮮の陶工によって窯が開かれたことを起源に広まった。素朴な味わいの土人形はあたたかみのある質感と人間味あふれる表情が魅力の伝統工芸品。

1910_これいいねD01*2*

江戸時代中期に生産が始まり、縁起物として庶民に広まった長浜人形。どこかユーモラスな表情が魅力だ

「ウチにある古い土型を見せましょうか。これは大正五年(1916)って書いてあるかな。同じものを百年以上作り続けているんです」

 大正からリレーのバトンのように引き継がれてきた型の内側は繊細で立体的な模様がはっきり残る。

1910_これいいねD03*

日下家に伝わる大正5年(左)と昭和4年(右)の招き猫の土型。長浜人形はこうした型を用いて粘土で型抜きし、素焼き、彩色して仕上げる。その技術は、名産の石州和紙を使った石見神楽面の制作にも応用されている

 長浜人形は息長く受け継がれてきた一方で、作家の高齢化が進み廃業を余儀なくされている現状がある。そんな中、希少な若手作家である渡辺福美さんは、伝統工芸士の安東三郎氏に師事した後、独創的な長浜人形を生み出してきた。

1910_これいいねD06*

 「島根の招き猫工房」の渡辺福美さん

 ふんわりとした雰囲気でコロコロとよく笑う福美さんだが、目入れの瞬間だけは真剣な眼差しで、息を詰めて筆先に集中する。

「目が命ですからね。ほんの少しの差で全くお顔が違ってくるので」。普段の福美さんの表情はニコニコと微笑む招き猫と同じ顔。

1910_これいいねD07_2

福美さん作の大きな鯛を持つ招き猫。愛らしい顔立ちに心が和む

「作品を見た人がリラックスしてくれたらいいな、ハッピーになりますようにって願いを込めながらつくっているんですよ」。そのためには、まず自分がリラックスしないとね……と言いながら、毎日優しい気持ちで人形に向き合う。

1910_これいいねD04*2

1910_これいいねD05*2

福美さんは伝統的な長浜人形のほか、オリジナルの人形も手がけている

 長浜人形には素朴であたたかな人々の真心がぎゅっと詰まっている。だからこそ、その目はイキイキと輝き、向き合う人の心を掴んで離さないのだ。

文=渡海碧音 写真=佐藤佳穂

ご当地◉INFORMATION
●浜田市のプロフィール
島根県西部に位置する浜田市。北西部に日本海を、南東部には中国山地を控えた自然豊かな土地だ。2019年は、伊勢国松坂から浜田に転封した古田重治によって浜田藩が成立してから400年の節目の年で、さまざまな記念事業が行われている。また、県内最大の漁獲量を誇る浜田漁港を有するほか、石見地方の伝統芸能「石見神楽」の本場としても知られ、市内各所で楽しめる
●浜田市へのアクセス
広島駅から高速バスで約2時間
●問い合わせ先
浜田市観光交流課 ☎0855-25-9530 
日下義明商店 ☎0855-27-0233 
島根の招き猫工房 ☎090-1011-4217
http://招き猫.jp/
石州和紙会館 ☎0855-32-4170
三島ファーム ☎0855-25-5134

出典:ひととき2019年10月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。



よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。