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古典的なモチーフを現代的なセンスで昇華――江戸型染作家・小倉充子さんの手ぬぐい(神田神保町)

神田神保町に工房を構え、型染や注染でオリジナルの浴衣や手ぬぐいなどを手掛ける江戸型染作家の小倉充子さん。古典的なモチーフを現代的なセンスで昇華した数々の図案は、大胆かつ、江戸っ子のような洒落っ気にあふれています。江戸の香薫る、そのものづくりへの想いをうかがいました。(ひととき2021年7月号特集「〈堺、浅草〉東西手ぬぐい探訪」より一部抜粋してお届けします)

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 手ぬぐい「心太突(ところてんつ)き」の帯紙には「お椀ににゅるっとところてん、そこはきらきら光る小宇宙。」と添え書きがある。広げてみれば、細長い一面に描かれるのは、にゅるっと出てきた心太。威勢のいい構図に、思わず三杯酢の酸っぱさが口中に湧いてくる。

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手ぬぐい「心太突き」

 枝豆の手ぬぐいは「二升五合(にしょうごんごう)」というお題。升(ます)が二つと五合(半升)で「ますます繁盛」というわけ。笊(ざる)には枝豆、鞘(さや)からこぼれた豆まで描かれていて、「今宵は早よから枡酒だ」と誘われる。すかっときっぱり。どの絵柄にも江戸の気配が漂い、しかもひねりがあって小気味いい。

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手ぬぐい「二升五合」

 小倉充子(おぐらみつこ)さんが染める型染(かたぞめ)は暖簾(のれん)、浴衣、手ぬぐい、下駄の花緒(鼻緒)などだ。花緒まで手がける型染作家は少ないが、生まれは明治から5代続く神田神保町の大和屋履物店である。「そういえば祖父は宵越しの金は持たない江戸っ子気質でした」という。

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「心太突き」の型紙を持つ小倉さん。弾けるような笑顔が素敵

 加えて、藝大大学院卒業後に弟子入りした染色家の西耕三郎氏は、江戸文化の博覧強記の人。そこで江戸後期の風俗や文化にどっぷりはまった。

 幅35センチ、長さ96センチの和晒には、町人文化を写すだけではなく、小倉さんならではの視点やユーモアが注がれている。江戸の長屋や蕎麦屋、金魚売りなどの物売り、落語の「居酒屋」、時には妖怪やら屋根の上の鼠小僧などのテーマを、俯瞰したり仰ぎ見たり、遠望したり凝視したり。さまざまな構図で描いて、あたかも江戸の町人たちと言葉を交わし、匂いを嗅ぐ小倉充子が、そこにいる。

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下駄の花緒の型紙。写真の力士柄のほか、古典柄や動植物をモチーフにした美しい図案が揃う

「浅草のふじ屋さんの展示会で、山東京伝を知って、あの表現に『これだ』とズブズブのめり込んでいった。北斎や国芳の浮世絵、あの辺の洒落、驚きますね。国芳や京伝が(私の手ぬぐいに)笑ってくれたら嬉しいんだけど」

 手ぬぐいの矩形(くけい)が気に入っている。

「正方形の風呂敷には、今ひとつワクワクしない。きれいに入って、切れちゃった感がない。やっぱり構図が好きなんです」

 昭和初期にあった配り物手ぬぐいを作りたく、同級生のよしみで、新潟の計器メーカーの手ぬぐいを毎年制作している。

「すごくかっこいいのができたんです」

 左官組合、落語カフェ、アイロンメーカー、鮨店に日本橋のバー、おまけにさだまさし氏の事務所からも依頼到来。今や配り物手ぬぐいもライフワークのひとつ。「お題があると絵をあれこれ考えるのが楽しくて」と嬉しそうだ。

 小倉さんの型紙は、まず版木に図案を彫ったり黒紙に白絵の具を使ったりして原画を制作する。それをもとにして実際の染め型紙を彫る。二度手間なのだが、線に表情が欲しいためだという。その妙味は、とりわけ縞(しま)に鮮やかだ。「心太」「夕立ち」「うとうと」「蕎麦縞」。どれも生き生きした縞の味わいは、原画制作あってのことに違いない。

「年に一本、縞を作りたい。縞はシンプルなので、個性を出すのは難しいけれど、いつか〝小倉縞〟ができたらなと、めげずにやっています」

 リニューアルした大和屋履物店にちなむ手ぬぐい企画も次々浮上中。矩形の手ぬぐいに新しい世界が広がっていく。

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今年5月に新装開店した大和屋履物店(☎03-3262-1357)。好みの下駄台と花緒を選んでセミオーダーで下駄を誂えてみては。手ぬぐいは店舗でもオンラインショップ(https://geta-yamatoya.com/)でも購入可

文=片柳草生 写真=佐々木実佳

小倉充子(おぐら・みつこ)
神田神保町にある、1884年(明治17年)創業の大和屋履物店に生まれる。94年東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。染色家・西耕三郎氏の下で「江戸型染」を学び、97年「小倉染色図案工房」を設立して独立。多彩な型染作品を制作する。

――ひととき本誌では、明治時代から手ぬぐいの一大産地である大阪・堺市を訪れるほか、仕事柄手ぬぐいが必需品の落語家・柳家喬太郎師匠と東京・浅草の手ぬぐい専門店をめぐります。ご好評をいただいているひととき7月号、ぜひご一読ください。

▼ひととき2021年7月号をお求めの方はこちら

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特集「〈堺、浅草〉東西手ぬぐい探訪 ぬぐって、飾って、包んで、巻いて……」
文=片柳草生
◉注染、捺染、色とりどり 堺で生まれる手ぬぐい
◉東西手ぬぐい探訪 堺〔案内図〕
◉手ぬぐいこらむ1
豊田コレクションにみる―江戸東京の誂え手ぬぐい文化
◉柳家喬太郎師匠とゆく♪ ゆるり、浅草 手ぬぐい散歩
(↑一部ウェブでご覧になれます。好評記事です!)
◉東西手ぬぐい探訪 浅草〔案内図〕
◉手ぬぐいこらむ2
江戸型染作家・小倉充子さんの手ぬぐい

出典:ひととき2021年7月号


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