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五山の送り火 花に込めた願い

花にまつわる絵画や伝統芸能などの文化・歴史的背景をひも解く連載コラム『笹岡隆甫 花の道しるべ from 京都』。第一回は、五山の送り火と蓮を取り上げます。華道家元・笹岡氏が五山の送り火で生けた花に込めた願いとは――。

 8月16日午後8時、今年も東山 如意ヶ嶽に炎が灯る。わが家では毎年、稽古場の屋上から夜空を焦がす炎にそっと手を合わせ、お盆の間戻ってきていた祖先の霊を送る。亡くなった祖父母の霊もあの世へ帰って行くのだなと、少し寂しく感じる時間でもある。

 例年は、点火された炎が少しずつ伸びていき、宵空に「大」の字が鮮やかに描かれるのだが、今年は昨年同様、感染拡大防止に配慮し、「大」の字の中央と頂点の6か所のみの点火となる。形にこだわるのではなく、祖先を送る人々の想いを大切にしたいと、苦渋の決断をなさったのだろう。

五山の送り火

例年の「五山送り火」の様子。昨年に続き、今年も6か所のみの点火が予定されている

 昨年、NHK BSプレミアムの「五山送り火」中継で、送り火の前後に花をいけるシーンを撮影したいとご依頼いただいた。前半は、先祖の霊を慰める「たましずめ」をテーマに。わが家の座敷に紺毛氈(こんもうせん)を敷き、三木啓樂氏*の漆の水盤3点を並べて蓮の葉と花を林立させ、極楽浄土の池を表現することにした。泥水の中から、大輪の清らかな花を咲かせる蓮。極楽浄土にはこの花が咲くと言われ、仏教でも大切にされる。この日は、親しくさせていただいている歴史学者の磯田道史さんも出演しておられ、私が薬草でもあるキキョウに秘めた無病息災への願いを解き明かして下さった。

三木啓樂*(みき・けいご)
漆工芸家。京塗師 表悦(啓樂)の四代目

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手前の水盤に生けられているのがキキョウ

 送り火が終わると秋がやってくる。番組後半には、蓮を主材とした夏景色に、ナナカマドの紅葉と秋草を加えた。秋の気配を添えることで、二つの季節が通い合う「二季の通い」という新たな意味を持つ作品に生まれ変わらせる趣向である。次の季節、未来への期待も込めて。

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 生放送で最も苦労するのは、花材の養生だ。蓮の花は朝に開き、夕方には閉じてしまう。本番は午後8時前後だから、蓮を多めに用意しておき、夜になっても閉じないものを直前に選びとって、いけあげねばならない。9割の花は閉じるので、ある意味運頼みとも言える。お願いだから今夜は閉じないで、と花に手を合わせた。

 同じ苦労を味わったのは2016年、同じくNHKの送り火中継。この日のメインスタジオは高等学校の屋上だった。味気ない空間なので、そこに睡蓮の池を作ろうという話になり、百輪ほどの睡蓮をいけることに。蓮と同じく、夕方には閉じるので、何百輪もの睡蓮を準備して当日を迎えた。

 この時はまだ樹木希林さんがご存命で、メインスタジオの高校の屋上におられたのだが、私は屋上の花を手直ししたあと、サテライトスタジオであるNHK京都放送局に移動し、いけばなパフォーマンスを披露した。この日は共演者の声が聞こえないくらいの大雨で、屋外のメインスタジオで雨に打たれた希林さんが「笹岡さんはいいわね、雨にあたらなくて」と冗談を言って会場を沸かせて下さったのを覚えている。

 「天円地方(てんえんちほう)」という言葉がある。古来、太陽や月が回っているので天は円形、東西南北を結んで地は四角と考えられていた。蓮の葉は、水面の近くでは両端を巻いた状態で上から見ると長方形だが、水面から上に伸びていくと徐々に開いて美しい円を描く。「天円地方」を自然に備えている蓮は、宇宙の姿を具現化しているとされて尊ばれた。もちろん、我々が蓮をいける時にも、必ずこの天円地方を守る。

 京都で「蓮の寺」として知られるのが、法金剛院*。今では考えられないが、祖父の時代には、貴重な蓮を分けていただき、いけたこともある。極楽浄土に咲く蓮。京都の寺院に身を置き、この花をじっと見つめていると、別世界にいるような錯覚に陥る。早朝から蓮を観ることができるので、早起きして訪れたい。

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法金剛院に咲く蓮(写真提供/法金剛院)
法金剛院* 右京区花園にある律宗の寺院。極楽浄土を模した庭で知られ、通称「蓮の寺」とも呼ばれる

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笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学 客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡
http://www.kadou.net/


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