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【釈迦如来坐像】“だいじょうぶだよ”と微笑むほとけ(奈良・室生寺)―『仏像に会う』

仏像は見るものではなく、出会うもの――仏像にはそれぞれ、作った人、守り伝えてきた人の願いが込められています。仏像一つ一つに込められた願いや、背景にある歴史物語を知ることで、仏像との本当の出会いが訪れることでしょう。2014年まで奈良国立博物館の学芸部長を務めていた西山厚先生の新刊書籍仏像に会うー53の仏像の写真と物語(2020年10月20日発売)の内容を抜粋してお届けします。

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 室生寺(むろうじ)の金堂の左方に弥勒堂(みろくどう)がある。現在は新しい宝物殿に移されているが、昨年までは、本尊の弥勒菩薩像の向かって右に、この釈迦如来像が安置されていた。

薬師寺薬師如来

かつての弥勒堂の内部
◉釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)
奈良・室生寺 国宝
木造 像高106.3cm
平安時代 9世紀

 カヤの一木造。堂々として、優しい微笑みを浮かべている。胸から腹部にかけてどっしりと厚みがあり、とても力強い。膝の張りも大きくて、全体が縦長の二等辺三角形の枠内にきれいに収まるので、安定感がある。

 大波と小波を繰り返す翻波(ほんば)式の衣文(えもん)。胸の前で衣を折り返し、足元や背面に渦文(かもん)を表わすなど、各所に変化をつけている。

 右手のポーズを施無畏(せむい)印という。怖れ無きを施す。私は「だいじょうぶポーズ」と呼んでいる。お釈迦さまは、悩み苦しみ迷う人に「だいじょうぶだよ」と微笑んでくれている。そして手の指の間には水かきのような膜がみえる。すべての人を救いから漏らさないためである。

 胸は分厚くて盛り上がっている。そのためなのだろう、この胸をなでると、お乳がよく出るという信仰があった。

 今はもう触れることはできないが、祈りを込めてお釈迦さまの胸をなでた女性たちが御礼に奉納した布の乳房が、かつては弥勒堂のなかにいっぱいあったそうだ。昨年までは、お釈迦さまの隣、向かって左の板壁に、布に綿を詰めて作った乳房が一組だけ残されていた。

文=西山 厚  写真=許可を得て著者が撮影したもの

西山 厚(にしやま あつし)
奈良国立博物館名誉館員、半蔵門ミュージアム館長、帝塚山大学客員教授、東アジア仏教文化研究所代表。徳島県鳴門市生まれの伊勢育ち。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館で学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。奈良と仏教をメインテーマとして、人物に焦点をあてながら、さまざまなメディアで、生きた言葉で語り、書く活動を続けている。主な編著書に『仏教発見!』(講談社現代新書)、『僧侶の書』(至文堂)、『別冊太陽 東大寺』(平凡社)、『語りだす奈良 118の物語』『語りだす奈良 ふたたび』(いずれもウェッジ)など。

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