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ふわふわの着心地! 希少な吊り編み機でつくられるループウィラーの高級スウェット

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2016年6月号 「メイドインニッポン漫遊録」より)

今や希少な吊り編みスウェット

 VANやボートハウスで青春をおくった世代(筆者のことです)にはトレーナーと呼んだほうが馴染み深い、スウェットシャツ。気軽に着られるカジュアルウェアの代表格でありますが、1着2万円近くするにもかかわらず、日本をはじめ海外の有名セレクトショップでも大人気のメイドインジャパンがある。袖口に「ループウィラー」とカタカナでブランド名が付いているスウェットシャツだ。

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ループウィラーの定番、右からLW05(税込19,440円)、LW01(税込16,200円)

 ループウィラーのスウェットシャツが人気の秘密は、生地を作る機械にある。スウェットシャツの本場であったアメリカはもとより、今では日本でもとても珍しくなってしまった「吊り編み機」という、昔ながらの旧式の機械を使って作られているのだ。

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 巨大な蓑虫のような吊り編み機がずらり

 吊り編み機とは、昭和30年代半ばまで天竺素材や裏毛の生地生産に一般的に使われてきた機械である。その最大の特徴は、出来上がった生地の柔らかさ。繰り返し洗濯しても柔らかな着心地が失われにくい吊り編み生地は、スウェットシャツやTシャツの素材として当時汎用されていた。しかし大量生産・大量消費の時代がやってきて、吊り編み機は徐々に姿を消していったのである。

 なにしろ吊り編み機で作る裏毛の生地は、なんと1時間にたったの1メートルしか編むことができない。さらに職人が常時、編み機の調整を行いながら稼働するので、まったくもって生産効率の悪いことこのうえなし。やがて多くの工場が吊り編み機の10~30倍の生産量を可能にするシンカー編み機や、最新のコンピュータ制御の編み機を導入して生産効率を上げていったのであった。

 現在、この吊り編み機が現存して稼働しているのは世界でも日本の和歌山県だけである。しかもかつては日本一のニット産業地として栄えた和歌山でも、吊り編み機がある工場は今や数えるほど。ループウィラーのスウェットシャツに使われている生地の多くは、そのうちの一社、カネキチ工業で作られている。

 そこで今回は、今や希少な吊り編み機のあるカネキチ工業を訪ねて、ワレワレは和歌山の紀三井寺まで旅して来たのであります。

世界でここでしか作れない生地

 和歌山の紀三井寺は、西国三十三所第二番札所で231段の石段と、早咲きの桜の名所として知られている。

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踏切をわたって行くと紀三井寺の石段

 寺の楼門まで続く距離にして100メートルほどの短い参道には、昔ながらの大衆食堂や喫茶店、店先で和歌山名産のみかんや金柑をざるに山盛りにしている土産屋が並んでいる。近くを通る紀勢本線の踏切あたりから参道を仰いで眺めると、山沿いに建つ朱色の紀三井寺の新仏殿と石段の景色が、さらにレトロでキッチュな観光地の雰囲気を高めてくれる。

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参道には土地柄、柑橘系の果物を並べた店が多い

 カネキチ工業は、そんな懐しい昭和な観光地の薫りがぷんぷんする紀三井寺の参道からほんの目と鼻の先にある。いやはやこちらも本当に失礼ながら、昔ながらの昭和な町工場である。

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社員の皆さん全員集合。左から5人目が社長の南方陽さん、左端が岡谷さん親子、義之さんと義正さん

 しかし、ループウィラーのスウェットシャツの柔らかな着心地の生地を作っているのは、この小さな町工場にある吊り編み機なのだ。

 「もともとこのへんにはメリヤス工場が100社ぐらいあって、うちの前の道路なんかメリヤス通りって呼ばれていたんだよ。最近はスウェットシャツなんて洒落た言い方をするけど、若い人は知らないだろうなぁ、昔はメリヤスのことを莫大小って書いたんだ」

 そう話すのは専務の岡谷義之さん。大正9年(1920)の創業から、高度経済成長の好景気やオイルショックがあった昭和30~40年代、バブルの崩壊や海外からの安価な輸入品が市場を席巻した平成初期……。和歌山のニット産業の隆盛と衰退を乗り越えてきたカネキチ工業は、同業者がどんどん倒産していったなか、工場を建て替えて外見を立派にするくらいならば、ここにあるだけの吊り編み機の維持と整備、職人の育成にお金をかけたい。その方針でずっとやってきているのだ。

 工場を案内してくれたのは、東京のループウィラーショップで販売スタッフの経験もある、社長の南方陽(みなみかたあきら)さんの息子の仁太郎(まさたろう)さんだ。

 「ここでお洒落なループウィラーのスウェットシャツの生地が作られていると知って、大抵みなさん驚きます(笑)」

 しかし、工場の引き戸をガタガタと開けて1歩中に入ると、まるで巨大な蓑虫のように天井から吊るされてシャーッシャーッと静かな音をたてながら、ゆっくりゆっくりと生地を編んでいる吊り編み機に圧倒されてしまう。

 その数なんと約100台。さらに倉庫にも百台ほどの吊り編み機が、いつでも稼働できるよう整備されて大切に保管されているのだ。

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南方仁太郎さん(右)から吊り編み機の仕組みを聞く筆者(ちなみに2人が着ているのもループウィラーのスウェットシャツ) 

 1台1台、丁寧に針を調整して整備点検もしながら稼働させ、若い職人たちの指導もしているのは、専務の息子さんで工場長の岡谷義正さんだ。その光景を見ていたら、何だか吊り編み機が単なる機械ではなく、まるで愛おしい生き物のように見えてきてしまった。

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吊り編み機の針に糸が通り生地が編まれていく。1台1台に個性があるという 

 じつは筆者もループウィラーのスウェットシャツを愛用しているのだが、本当にふわふわの着心地である。こうして実際に職人の手によって吊り編み機で丁寧に時間と手間をかけて生地が編まれているのを見たら、1着2万円近くもするのに人気があるというのがよおぅくわかった。帰りにうっかり和歌山ラーメンの汁なんかこぼして汚してしまわないよう、くれぐれも注意して大事に着ようっと。

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専務の岡谷さん行きつけ、喫茶まり。安くておいしくてボリューム満点の中華そば定食950円(税込)! 

いであつし=文 阿部吉泰=写真

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『 “ナウ” のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い? “イマどき” の賞味期限』(世界文化社)など。

●カネキチ工業
<所在地>和歌山市紀三井寺1469
<URL>http://kanekichi-turi.com

●喫茶まり
<所在地>和歌山市紀三井寺677
(紀勢本線紀三井寺駅から徒歩約7分)
<連絡先>☎073(445)6344
<営業時間>8時~16時 
<定休日>日曜

出典:「ひととき」2016年6月号

※この記事の内容は雑誌発売時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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