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銭湯好きの浪曲師・玉川太福さん、女優の南沢奈央さんと一緒に「湯ったり銭湯、まち歩き」

暖簾のれんをくぐって下足をしまい、男女別の出入り口の引き戸を開けたら、ちょいと高い位置にある番台へ。ひい、ふう、みい、と湯銭を払う……。そんな、まちの銭湯が、数年前から変わってきているようです。何だかオシャレだったり、サウナに、露天に、炭酸泉と、お風呂の種類も豊富だったり。梅のつぼみは膨らみはじめたけれど、まだまだ寒さ厳しいこの季節。広々とした湯船で身も心もあったまろうと銭湯好きの浪曲師・玉川太福だいふくさんが、東京の銭湯をめぐります。
まずは、演芸をこよなく愛する女優の南沢奈央さんをお誘いして、太福さんの地元、谷中・日暮里をぶらり、銭湯さんぽ――。(ひととき2022年2月号特集「湯ったり銭湯、まち歩き」〈東京篇〉より一部を抜粋してお届けします)

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谷中銀座商店街界隈で銭湯さんぽ

 ここは東京・日暮里駅にほど近い、谷中銀座商店街。170メートルほどの短い通りに、惣菜、鮮魚、もんじゃ焼きに喫茶店……こぢんまりとした店がぎっしり並び、まるで昭和にタイムスリップしたかのよう。

 その中ほどにある「HAKKODOはっこうどう」は名前の通り、おいしい発酵食品に出合える店だ。職人が丁寧につくった味噌、醤油、塩麹などを日本中から取り寄せ、店内で焼き上げた焼きむすびやおみそ汁などを販売している。何かと健康が気になるこのご時世、発酵食品は免疫力を上げる!? との評判も高まるなか、フルーツビネガーのドリンクを飲み飲み話すのは――。

「銭湯の風情って、ホッとしますよね。下駄箱の大きな木製の鍵とか、ビン牛乳の入っている冷蔵庫とか」

 と、玉川太福さん。

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三重県津市の山二造酢のりんご酢を使ったビネガーソーダ。柚子ジンジャー(左)とハニージンジャー 

「そうそう! それに天井が高いのも。なんだか懐かしい感じがして、癒されます」

 南沢奈央さんもにっこり。

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太福さんがMCを務める動画配信番組で共演したことがあるふたり。久しぶりの再会で、演芸話に花が咲く! 

 空の明るい穏やかな日、商店街をぶらぶら抜けて、これから銭湯に行くところ。ふたりの銭湯好きは筋金入りなのだ。

 全国行く先々でも銭湯を探して、お風呂を楽しんでいるという南沢さん。

 新潟から上京して風呂なしアパートに入居し、銭湯に通い始めたその初日から病みつきになったという太福さん。あまりに好き過ぎて、下町の銭湯を題材にした「銭湯激戦区」という浪曲まで創作してしまった(それがまた好評)。

「私、温泉地ではなぜか緊張してしまうのですけど……。銭湯だと地元のひとが多いから、日常の続きみたいでリラックスするんです。『シャンプー使う?』と声をかけてもらったり、コミュニティーが生きているなあって思います」(南沢さん)

「私も、常連のおじさんたちにいろいろマナーを教えてもらいました。『風呂から出るときは、脱衣所に戻る前に身体を拭くんだよ!』とかね」(太福さん)

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 東京都内には現在、500軒弱の銭湯があるそうだ。全盛期の1968年(昭和43年)には約2700軒あったというからずいぶん減ってはいるものの、まだまだ根強い人気がある。利用客も近隣の住民だけでなく、若い銭湯マニア、トレーニング帰りに汗を流したい市民ランナー、日本文化に興味津々の外国人観光客、など幅広い。

 しかも最近では昔ながらの建物を改築して、モダンな姿に生まれ変わった銭湯も増えているというのだ。番台はカウンターになり、休憩室が広々とし、お風呂の種類も露天にジェットに天然温泉……。いまや銭湯は公衆衛生上必要なもの、というだけではなく、なんだか個性的で面白そうなもの、にアップデートされつつある。なのに料金はたったの480円!*

*2021年12月時点の東京都公衆浴場入浴料金(統制額)

 毎日の暮らしのなかの、ちょっとしたお楽しみ。商店街での寄り道は、そんな気分を盛り上げるのにうってつけだ。

 ――ドンドン、ドンと来い、ドンドン、ドンと来い……。

 おや、あれは寄席太鼓。客寄せをする一番太鼓の響きである。なんと商店街のとっつきに常設の演芸小屋「にっぽり館」があるのだ。小屋主は落語家の林家たけ平師匠と三遊亭萬橘まんきつ師匠で、ここで月に8〜9回の定期公演「ひぐらし亭」を開催している。

 太福さんは浪曲師として、にっぽり館にゲスト出演の経験あり。南沢さんはというと、好きが高じて自身でも高座こうざに上がったことがあるという、これまた筋金入りの落語ファンだ。当然、ちょいとのぞいていきましょう、ということに。

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落語協会のたけ平師匠(右)と五代目円楽一門会の萬橘師匠、所属団体は異なるけれど気の合うふたりが共同で運営する演芸小屋。落語前の「おしゃべり」の時間では、寄席太鼓を披露してくれることも。迫力ある話芸を間近で見られる貴重な場所

 両師匠による息のぴったり合ったオープニング・トークは抱腹絶倒。続いてそれぞれが一席聴かせてくれる。古典に新たな解釈を加えた萬橘師匠が爆笑を呼び、たけ平師匠の達者な語り口は聴衆をぐいぐい世界に引き込んでいく。

「お客さんと演者が同じ場所で空気を共有することこそが、演芸の醍醐味。商店街に買い物にきたついでに、ぜひふらりと立ち寄ってほしいですね」(たけ平師匠)

 小屋を出ると、夕日の名所「夕やけだんだん」と呼ばれる階段がすぐ目の前だ。日暮れにはまだ早いけれど、てっぺんまで上っていこう。振り返れば眼下に谷中銀座が、うねって延びている。1945年(昭和20年)の終戦まもない頃、自然発生的に商店が集まったのが始まりだそうだ。このあたりは古い町並みと下町情緒が色濃く残る「谷根千やねせん*」と呼ばれる人気エリアの一角でもあり、コロナ禍とはいえ観光客は多い。

*谷中・根津・千駄木エリアのこと

 背の高いマンションがそびえるその谷間に、ぽっかりと日常のざわめきが漂っている――ちょっとした奇跡みたいだ。

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谷中銀座商店街の人気スポット「夕やけだんだん」を上って日暮里駅方面へ

飲んで笑ってひとっ風呂! 斉藤湯

 斉藤湯の風呂は明るい。磨き上げられたタイルに高い天井、湯には透明感があって見た目にも爽やか。その種類も、超微細粒気泡シルキーバスの露天風呂、高濃度人工炭酸泉、地下水の水風呂と豊富だ。湯船から眺められる坪庭と、露天風呂の隅の小さな植え込みが、かつての面影をしのばせる。

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シルキーバスの露天風呂

 80年以上の歴史を持つ老舗である。以前は東京でよく見られるような宮造りの建物だったが、2015年(平成27年)にリニューアルした。

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到着したら、まずは入浴券を購入。斉藤湯では、定休日の金曜に女性客限定で営業する「レディースデー」を不定期で開催 

「思い切って、進化させたいと思ってね」

 3代目店主の斉藤勝輝かつてるさんがいう。

「ロビーに洗い場の腰掛けを並べて、落語会を開くこともあるよ。銭湯というのは温まって、楽しい場所でないと」

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3代目の斉藤勝輝さん

 それは湯上がりのビール、という形にもなって現れている。ビールメーカー認定のテクニックで注がれた最高の生ビールが、ロビーで飲めるのだ。

「おいしいー!」

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湯上がりにはラウンジで、ビアマイスターの資格を持つ店長が注ぐ生ビールを。グラス1杯分のミニサイズもあり!

 南沢さんがさっそくお味見。お酒も大好きなのだそう。今日は一日、まさに満喫!

最後の“三助さん”の思い出

 改築前まで、斉藤湯には最後のひとりといわれた“三助さんすけさん”がいた。三助とは浴室で客の背中を流す役目の男性で、江戸時代から続く銭湯の伝統だった。店主の信頼が厚い一番番頭が務め、従業員のなかで最も高給取りだったという。太福さんも昔、ここで流しをお願いしたことがあるとか。

「若造がすみません……なんて気持ちも忘れるくらい、まさに熟練という心地よさでした。思い切って体験してよかったです」

「三助が女湯で、女性客の背中も流せたのは、みんな顔見知りで地域に溶け込んでいたから。嫌がるひとなんかいなかったね」

 と、斉藤さん。隅々にまで神経のゆき届くその心遣いは、建物が新しくなったいまも、そこここに息づいている。

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 さてホカホカになった気持ちを優雅に締めくくりたければ、カジュアルフレンチを楽しめる「ヤナカ スギウラ」がいい。コンセプトは“特別だけれど、肩の凝らない下町のごちそう”。とはいえオーナーシェフの杉浦功一さんは、東京とフランスの名店で修業を積んだ経験の持ち主。美食家の来訪が引きも切らない、人気店なのである。

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この日のメインは「エゾシカのロースト ちぢみほうれん草と鹿児島産筍のガトー ジュニエーブルソース」

「近所のかたが、毎年の誕生日、結婚記念日など、地元のハレの席として使ってくださるのが嬉しいですね」

 代々この地で仕出し中心の和食店を営んできたが、杉浦さんはフランス料理の道へ。それでも生まれ育った谷中で、地元のひとたちにおいしいものを提供したいという思いは変わらない。

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杉浦功一さんと雅美さん夫婦が営む

「気取ったお店よりも『うまいもの屋』でいたい。谷中のまちを歩いているときのように、リラックスしてもらいたいんです」

 おなかも心も満杯になったら、夕日を見にもう一度、夕やけだんだんに行ってみようか。それで仕上げは上々だ。

旅人=玉川太福 旅人=南沢奈央
文=瀬戸内みなみ 写真=佐々木実佳

――ほっとひと息着いたところで、この続きは本誌でお楽しみいただけます。さて、東京に湧く天然湯が黒湯であることはご存知でしょうか。特集後半では、隅田川近くの本所・吾妻橋と、戸越銀座にある温泉をご案内します。周辺の神社でお参りし、商店街でお買い物...。引き続き、銭湯さんぽをお楽しみください!

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【目次】
[谷中・日暮里]飲んで笑ってひとっ風呂! 斉藤湯
[コラム01]東京銭湯のきのう・きょう・あす
数々の銭湯リノベを手掛けてきた一級建築士の今井健太郎さんへのインタビュー
[戸越銀座]心ぽかぽか戸越銀座のお湯とまち
[本所・吾妻橋]人に優しい極楽風呂♪ 御谷湯
湯ったり銭湯、まち歩き〔案内図〕
[コラム02]まだまだいいお湯、わいてます!
編集部おすすめ銭湯6選
南沢奈央(みなみさわ なお)/女優。1990年、埼玉県出身。2006年に女優活動をスタート。08年の主演ドラマ・映画『赤い糸』(CX)で注目を集める。その後もNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』を始め、ドラマ、映画、舞台、CM、ラジオMC、執筆、書評などで活躍。趣味は読書と落語鑑賞で、11年には古典落語「雛鍔」で高座にも上がる。現在は女優業の傍ら、NHK『とっておき!木曜笑タイム』案内役、TFM『nippn ¡ hon-yomokka!』パーソナリティー、 読売新聞読書委員、Book Bang『南沢奈央の読書日記』、新潮社「波」『今日も寄席に行きたくなって』連載などでも活動中。
玉川太福(たまがわ だいふく)/浪曲師。1979年、新潟県出身。2007年に玉川福太郎に入門し、13年に名披露目〈なびろめ〉。15年「第1回渋谷らくご創作大賞」、17年「第72回文化庁芸術祭」大衆芸能部門新人賞、20年「第37回浅草芸能大賞」新人賞を受賞。JFN「ON THE PLANET」火曜パーソナリティーを担当。サウナ・スパ健康アドバイザー。にいがた観光特使。
●お風呂の前にカラダにいいもの♪
HAKKODO
☎03-5834-7737 
東京都台東区谷中3-12-1
(時)11時~17時頃(土・日曜、祝日は17時30分頃) 
(休)月曜
https://hakkodo.tokyo/

●地元密着の演芸場!
にっぽり館
☎03-3824-7811
荒川区西日暮里3-14-11
(料)通常公演「ひぐらし亭」2,500円
*公演スケジュールは下記公式ホームページをご確認ください
https://nipporikan.jimdofree.com/

●設備充実の名銭湯♨ 
日暮里 斉藤湯
☎03-3801-4022
荒川区東日暮里6-59-2
(営)14時〜23時
(休)金曜
http://www.saito-yu.com/

●ハレの日に行きたい
ヤナカスギウラ
☎03-3821-4372
台東区谷中5-9-23
(営)ランチ11時30分~13時(LO)、
ディナー18時~20時30分(LO) 
(休)月曜(祝日を除く、火曜はディナーのみ営業)
https://yanaka-sugiura.jp/

出典:ひととき2022年2月号

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