葉山コーストパス|新MiUra風土記
知り慣れたはずの海町を、視点をかえて歩いてみたら、もうひとつの葉山が見える。
「きょう逗子の駅で天皇陛下を見たよ!!」と興奮ぎみで話したのは大正生まれの母だった。それは昭和40年中頃のこと。当時、天皇が葉山の御用邸へ出かけるのは、原宿駅からお召し列車で逗子へ。その駅頭からは御料車で葉山の一色に向かうと聞いていた。
母が駅で出待ちしていたのか、ただの偶然だったのかは分からない。
母が昭和天皇に拝謁するのは2度目だったが、敗戦をはさんで逗子で天皇と再会したときの気分は