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【超短編】鳩退治

  目玉模様が鳩退治に効かないっていうのはひと昔前に廃れたジンクスだと思ってた。ぶら下がり健康器とか、三秒ルール、紅茶キノコのように。だから引っ越してゆく友人が置いていったガラクタばかりの段ボールに巨大な目玉シールが、それも途方に暮れるほどの数入っているのを見て、軽く卒倒しそうになった。うちにはベランダがないのに。
 持たざるべきは、厚意を押しつけるヨッ友か。
 字余りはなはだしい交通標語を即興してしまうくらい、どえらく動揺してた。
 ちょうど熱を出していたのだ。もはや季節行事となった彼岸頃の体調不良によって、肌をぞわつかせる悪寒おかんと微熱はおとずれ、この日曜は部屋にこもる算段だった。そこへもはやおぞましい目玉たちの数々が、旧式の電気スタンドや古びた毛布とともに襲来したのだ。シールは二、三人前のピザサイズだった。わたしの理性は完全にエラーを起こした。
 ファイルに入れて、しばらく目のつかないところに仕舞った。けれど間もなく、行き場をうしなって壁や戸棚の中で乱反射した視線の行方が恐ろしくなった。ひとつところに、不穏なものをあつめておくのは邪気が溜まると、先人たちの教え。プレゼンテーションの上を赤い点でしめす、レーザーポインターをまっすぐのぞき込むのは危ないけれど、どこかにあたって跳ね返り跳ね返りを経た光が、なにかの間違いで瞳にたどりついてしまうのも、同等に命取りだ。鳩の目玉も同じ論理。視線を鬱屈させずに発散させた方が、いいって、きっとそうゆうこと。
 いつしかわたしは壁やら、戸棚の横やら、洗面台の前やら、部屋のあちこちに目玉シールを貼っていた。赤黄黒緑青、違う色をした同心円の五十丸。ダーツか射撃の的のようでもあり、けれど矢を射こむようなことをしたら、ただではすまない、閻魔えんまの目だった。椅子を引きずり出して、天井にもテープ貼りした。どうにも数が多いから箪笥たんすの内側、トイレの蓋にも。
 最後の一つはなんだかまり悪くて、じぶんの額にセロテープで貼り付けてみた。気の抜けたシャーマンみたいな笑いが脳天から噴射した。誰に遠慮したのか、誰に乗せられたのか。光線を発する目玉は、わたしの第六感をひらいてしまったみたいだ。
 レーザー光線の応酬が、部屋を縦横無尽にめぐらされ、部屋は横切るべからざる規制線の巣窟になっていた。つばを飲み込んだ。深い考えなしにローテーブルに置き去りにした、おかゆのボウル。たどり着くには匍匐前進ほふくぜんしんとリンボ―ダンスの道のりだった。なにせレーザーにつかまると一貫の終わりなんだ。いや何が嬉しくて。いたって真剣にわたしは部屋中の目玉が発するレーザー光線を避けて床にはいつくばり、時には身体を限界まで反らせ、任務を遂行した。だれかが瞬きをした。
 誰? たえまない凝視をおこたって瞬いたのは。鳩の見張りをひと時でも怠けたのは。目玉たちは知らず顔をして、口笛を吹く。くっくるー。
 第三の目はふくろうの眼であり鷹の眼であり蜂の眼であり蟻の眼だった。ひとの内面を洗い出し、美しさも醜さも、ひとからげに見徹してしまう瞳だった。眼圧、最高潮。わたしを値踏みするひとたちはもう怖くない。洋服がだらしない、化粧が調子に乗っている、体形がゆるんでいる、それが何。にらめっこも、目が一つ多くついているわたし相手に勝ち目はないんだ、もう。
 そう気づいた時に目玉光線はミラーボールの超越したきらめきだった。シルバー925、劣化を知らない。わたしはわたしと音楽をかけ、カーテンを閉めた暗がりの中を、自前のディスコ音楽に合わせて踊り明かす。だれかが涙を流した気がした。
 誰? うるむ視界に鳩を見失ったのは。誰? 咄嗟とっさ嗚咽おえつにまぎれてコンタクト取り落としたのは。霞の中で金物かなもののハイビームは面取りされ木漏れ日になる。ようやく、ようやく鳩退治は済んだのだ。
 次の日、会社に行かなかった。

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