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オープンカーにて(003)

なぜ、オープンカーって楽しいんだろう。

・・・もう10年も前の話になるのか。

自動車メーカーの認証検査不正ってのがあった。

1社だけが吊し上げられたようなバッシングを受けたが、

結局は全ての自動車メーカーで似たような不正が行われていた。

紙面では「まさか?!」という表現で取り上げられ、

読者を煽るような論調が展開されていたが、

多くのクルマユーザーの感想は「だろうね」だった。


・・・そんな時代があったなぁ。

車の安全とは何だ?と、

多くのジャーナリストが論じるのだが、

どんどんツマラナイ話になっていった。

総じて共通していたのは、

誰も傷つかない車が安全な車なんだそうだ。

んなバカな。

多くのクルマユーザーの感想だった。

今では車にタイヤという部品が無くなった。

人を轢いてしまう原因はタイヤだとされ、

今だに理論が理解できぬままではあるが、

人やモノを乗せて動く車は、

車ではなく「リーモ」と呼ばれ、

道路に浮いて動いている。

イメージこそ昔のクルマのような形をしているが、

その形である必要は全くない。

そして、宙に浮いているのだから、

道路はもはや必要ないのだが、

何やら「道路族」と呼ばれる国会議員の抵抗によって

維持されることになっている。

そして道路を平坦にする必要性は薄れ、

至る所、雑草が生い茂り、

なぜかそれが環境活動家から称賛されている。


あぁ言い忘れていた。

今では、タイヤの付いた車を「クルマ」と呼び、

リーモと区別されている。

いや、ほぼ差別だ。

10年前に多様性だの何だのと言っていたが、

クルマは多様性の一角に存在しないかのような酷い扱いである。

かつてエンスーと呼ばれた人たちは、

もうこの世で幅を効かせることはなく、

全く不安全なクルマは、

必要悪とも考えられていない。

騒音と排ガスを撒き散らし、

タイヤは稀に人を傷つける。

かろうじて族議員のおかげで、

ボロボロの道路を走ることが許されている。

私の愛車。このコペンも、

クルマに属しているが、

昔のように綺麗な道路を、

時に澄んだ空を見上げながら、

風を切り走り抜けるなんて、

望むことも難しくなった。

空を見上げ・・・いや、

空ほど高くないところを、

リーモがキンキンと、

小さくも耳障りな音を発しながら走る下を、

少しだけ速く走れるコペンで

リーモの音をかき消すために、

わざと低いギアを使って、

エンジン音を唸らせて抜いていく。


クルマ乗りの我々には、

もはや青空も爽快な風も無いが、

最後に1つだけ残されたのが、

このボロっボロの道を自由に走ること。

自由に走る。

だから楽しいのかも知れないな。

違うか!😆

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