【失敗の個人史】童卒失敗記

かつては宿場町として栄え、今は高齢化と人口流出により衰退の一途を辿るベッドタウンで生まれた。

ベッドタウンといえば聞こえがいいが、実際はただの田舎だ。東京には特急と普通電車を乗り継いで1.5時間くらいかかる。地元にイオンモールができた時はたいそう大騒ぎした(つまり、イオンモールができたのはここ数年のことであった。それだけの田舎だった)。

そんな田舎であったから、モノを言うのは「力」であった。それは筋力であったり、収入であったり、乗っている車であったり、そのほか色々な変数が混ざり合い、「力関係」が決まっていた。

私のようなヒョロガリには人権など毛頭なく、息苦しい街の息苦しい中学校の、息苦しい教室の隅で、ひっそりと暮らしていた。私のようなオタクたちは、スタンド使いよろしく引力で引かれあった。

強者たちが強者たちで群れるのと同様、陰キャラたちは陰キャラたちで群れていた。そして、ヒエラルキーの下部としてひっそりと暮らす日々を送っていた。

だが、中学校は現代社会の縮図とはよくいったもので、たまに「番狂せ」のようなことが起こっていた。すなわち、オタク階級にいる人間が一躍、一軍と張り合う力や名声を持ってしまうことがあった。

いや、何もソレは中学校に限った話ではなかった。小学校でも同様だった記憶がある。

たとえば、チン毛が生えていたやつは小学校で貴賤にかかわらず英雄視された。
モデルをやっているのではないかという噂があった一軍女子のNちゃんと幼馴染だった平松君は陽キャから迫害されることもなかった。

中学校でもそれは同様であった。一日に17回発射したと言う熊田君は、アイドルのPでありながらもクラス内で確固たる地位を築いていたし、180日の禁欲をやってのけた山本君は伝説となった。

こうして、私の中では「性」と「ヒエラルキー」が結びつくようになってしまった。ヒエラルキーに対してコンプレックスを抱えていた私は、高校に進んだ時、思い出しただけで恥ずかしくなる経験をすることになる。

ヒョロガリではあったが、勉強は人並みにできた。地元の「かつては絶頂を誇っていたが今は衰退してしまい、旧制中学校の頃の歴史しかウリがない」自称進学校に進むことができた。

自称進学校ではあったが、親世代からの人気は高く、それなりに頭のよく、育ちのいい人が多く集まっていた。しかし、高校になっても性とヒエラルキーは結びついたままだった。他校の女子と付き合っている石原は英雄視され、隣町の男子校で100人斬りをやってのけたと言う板垣なる男はたいそう有名であった。

あのクソみたいなヒエラルキーの中でも一際周囲を騒がせた出来事があった。童貞卒業だった。それはそうだ。ユニクロの広告の靴下にほんの少し映った生足で絶頂できるのが当たり前の連中だ。欲を持て余した人間が考えることなんて、タカが知れているのだ。童貞を卒業したものは英雄として讃えられ、尊敬と羨望の眼差しを向けられた。

私もまた、そんな組織の中の一個人であった。確かに、卒業した先に何があるのか気になった。世界が変わってしまうのではないだろうか。今まで信じていたものが全て変わってしまうのではないか。進撃の巨人で、主人公たちが島の外の存在を知った時の衝撃を味わえるかもしれない。そんな好奇心があった。

だが、私のいた高校は男子しかいなかった。そして、中学校の時分には女子と関わることはしてこなかったから、どうしようもなかった。

そんな悶々とした日々を送っていた。珍棒を握り、Hey Guysな日々を送っていた。気がついたら高校2年生、それに、年末を迎えていた。なぜか焦っていた。自称進学校であったから、年末には「いよいよ3年生0学期」の訓示が唱えられはじめた。いよいよ受験である。部活と受験をやって、高校卒業である。テレビをはじめとするディープステートにより、「高校生たるもの、恋愛をしなければならない」という考えを植え付けられていた。このまま珍棒を握るのをやめ、鉛筆を握り、大学に入ることに対して、焦りがあった。

焦った私は、出会い系サイトに登録した。ハッピーメールとかpc maxとか聞いたことないだろうか。ないだろうな。一昔前のマッチングアプリみたいなやつだ。そして、マッチングアプリよりも治安も悪いものだった。いまのマッチングアプリが東京の丸の内だとしたら、当時の出会い系は今の東京は荒川区ではないだろうか。年齢制限などはあったが当時はセキュリティも緩く、高校生であっても20歳としてアカウントを作ることができた。

最初はよくわからなかったが、人間の適応能力とはこうも高いのかと感嘆した。業者かどうか、なんとなく女性の「見分け」がつくようになってきた。業者っぽくない女性にいくつかメッセージを送った。

何人かの女性とやり取りをした。サイトに登録してから1週間後、一人の女性と連絡が続き、会うことになった。みきさん、25歳、会社員、痩せ型、一重、美人(男子校に通っていたからみんな美人に見えた)。俺の胸は高鳴った。海の民なら男なら、みんな一度は憧れた。来たぞ歓喜の血が燃えるとはまさにこのことである。期待と股間を膨らませた日々が数日続いた。

高校 2 年の 1 月 4 日のことであった。もらったお年玉を握り締め、夕方五時、東京都は錦糸町にいた。ユニクロで買ったジャケットとコートで下心を包み、待ち合わせ場所に赴いた。

「森山君、だよね?」と声をかけてきた女性がいた。写真通りの美人であった。驚いた、東京はすごいところだと驚いた。今思えば、高校生に手を出そうなんて碌でもない大人である。「気になってる店があるんだ」という一言を発せられてかから先はよく覚えていない。スパゲッティのような物を食べた記憶があるが、本当にスパゲッティだったのかよく覚えていない。

レストランを出たのはかろうじて覚えている。歩いて20分くらい経つと、気がつくとピンク色の照明が焚かれた怪レい建物の前にいた。フロントのおばちゃんからでかい鍵をもらい、エレベータに乗り込む。近い。近すぎる。半径1.5m以内に女性が入ったのは、実に数年ぶりであった。

エレベータを出て、薄暗い廊下を進む。突き当たりの部屋だった。鍵を開け、荷物を置いた。「シャワー浴びてくるね」と言いながら、彼女は脱衣所に向かった。人生で最も長い25分間だった。「おまたせ」と言い、帰ってきたから私もシャワーを浴びることにした。

本当に「向こう側」に行ってよいのだろうか。
本当に「進んで」良いのだろうか。

興奮や緊張、恐怖などの感情が極限まで高まると、人間はかえって冷静になる。
諸君も先生に怒られた際、変に冷静になったことはないだろうか?
別れ話をされている最中、変に俯瞰してしまったことはないだろうか?

シャワーを浴び、どうせすぐ脱ぐてあろう服を着て、部屋に戻った。

女性はいなかった。いたのは全裸中年男性であった。

「ウワーーーーッ!」

全裸中年男性がこちらに近づいてくる。感情が高まりすぎた場合は冷静になる。しかし、パニックは別である。
逃げるしかなかった。奇跡的に部屋のドアが開いた。再入場ができるホテルだった。エレベータのボタンを連打する。乗る。1 階に着く。

ドアが開く。

全裸中年男性が目の前にいるではないか。
そこで私は気を失った。

絶頂である。
絶頂を迎えたのである。

そこから先のことはよく覚えていない。
気がつけば、東武伊勢崎線直通・急行久喜行きに乗っていた。
西新井駅だった。

本当にあったことなのかどうか、今でもわからない。

ただ、今でも実家の引き出しにフロントのおばちゃんからもらったポイントカードがある。

そして、その日から財布を無くしたのも事実である。pumaのマジックテープの財布だ。その日からマジックテープの財布を見ると、なんか嫌な気持ちになる。今でもそうだ。

結局あれはなんだったのだろうか。

おしまい。




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