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喜六庵の「あくびの稽古」にお付き合い下さい その二十二 創作落語「雨やどり」

イントロダクション

 私は、53年前、17歳の頃から浜松市内の古書店巡りをするようになり、落語・演芸関係の書籍を少しずつ購入、収集してきました。もちろん新刊本も定期購入本、限定本も購入し続けております。ネット上での古書購入も楽しみの一つとなりました。2024年3月末時点で約4500冊保管してあります。
 1977年4月、一年間の就職浪人の後、当時の浜名郡新居町役場に奉職となりました。この年、役場内にあった和文タイプを無断使用して、自分で考えた創作のマクラや落語を記録していました。三回程、人前で演じた記録が残っていました。これも、お恥ずかしい内容ですが、復刻版として投稿します。

創作落語「雨やどり」

 エー、毎度、我々の演らさせてもろぅてんのは、古い、古い噺ばっかりで、たまに新しい噺を演らせてもろても、受けが悪い。これは、新作はつまらん、ということよりも、誰でも郷愁というもんがあるんですな。ですから、どうしても今の事よりも、昔の事の方が何か、こう聞いてても安心するんでしょうな。わたしらでも、そうですわ。テレビ見てても、マジンガーZやゴレンジャーよりも白馬童子や怪傑ハリマオなんか、良かったなァと思いますからね。なんぼ科学が発達しても、昔の事への興味はなくならないでしょうね。
 にわか雨に遭うた時に、人さんの家の軒へ雨やどりをしたんが縁になって、深い馴染みになる。昔はそういうこと、ようあったんですなァ。雨やどりしてて、雨がなかなかやまん。家の中から、声かけてくれて‥。
「にいさん、そこでは、しぶきがかかって濡れまっしゃろ?こっちぃおはいり。雨なかなか、やみまへんで。まぁ、おはいりやす」
「さよか、へぇ、すんまへんなぁ」
 てなもんで、ガラッと入る。ところが、女の一人所帯やったりしてね。
「まぁまぁ、おぶでも入れますわ」
 蚊帳吊ってあって、ガラガラガラー、雷さんが‥。
「こわいわぁ」
 てなもんで、蚊帳に入って‥
「まぁ、おはいりやす」
 一緒に入って線香立てたりして、そのうちに、ガラガラガラ。ピシーッ!
「あれぇー」
 てなこというて、”雷の落ちた拍子に、後家もおち”てな川柳がありますな。
「源やん、いてるか」
「おぅ、誰やと思たら、喜ぃ公か?久しぶりやな、まぁあがり‥」
「へぇ、あがらせてもらいますわ」
「何や、元気がないようやけど、どないぞしたんか?」
「へぇ、それでんねん。ちょっと、相談がおますね?」
「ほぅ、何やいな?」
「へぇ、あの、清やんにこの頃会いますか?」
「ふ~ん、そない言われたら、しばらく会うてへんなぁ」
「そうでっしゃろ。わたい、遊びに行きとうても、清やんおらなんだら、よう一人で遊ばん性分でっしゃろ。ほいで、けったいな、と思たんで、様子を探ってみたら、清やん、どうやらおなごがでけたらしいんですわ」
「おなごか。なるほどな。そらおなごができたら、わいらとは遊ばへんわなぁ」
「へぇ、それでね。わたいも急におなごが欲しなりましてん。何ぞ、おなごこしらえる方法、おまへんやろかな?」
「こしらえるて、家でも作るように言うてんのやなぁ。それで、しろかくろか?」
「え?」
「しろか、くろかちゅうてんね」
「うちとこのんは、マンダラでんのけど」
「誰が犬のこと聞いてんねん。違うがな。おなごは素人がええのか、玄人がええのかちゅうて、たんねてんのや」
「そら、やっぱり素人はんがよろしいな」
「素人、えらい贅沢なこと言うねやなぁ。素人で‥、おまえの相手、いうたら‥そうやなぁ、乳母どんか子守っ子‥」
「そんな、やっぱり、何処ぞのいとはんと‥」
「アホか!何処のいとはんがおまえの相手になるかぇ」
「ほたら‥」
「そうやなぁ、後家はんちゅうのは、どないや」
「後家はん?」
「そうや、色は年増にとどめさすちゅうてな、こら、えぇで‥」
「さよか、ほな、その後家はん、一匹生け捕って!」
「生け捕って、とはねどや。後家はんちゅうたら、なかなかむつかしいねんで」
「そこ、何とか、頼んまっさ」
「うーん、そや!わいとお埼が一緒になった時のやり方は‥」
「えぇ、源やんとお埼さんが一緒になった時のやり方て‥。そら、堪忍して」
「なんでや」
「なんでて、あんたとこ、どれあいでっしゃろ」
「どついたろか!どれあいとは何や。今日びの言葉で言うたら、恋愛いうのやで」
「そら、れんあいでもレンコンでもよろしいけど、そのやり方ちゅうの、教えて、教えて‥」
「そうか。実はな、わいとかかが知り合うたというのは、にわか雨やねん」
「へぇ、にわか雨?」
「わいが二十四の時や。家で仕事してるとな、にわか雨や。けったくそ悪いなぁ、思うて仕事してるとな。あの、お埼が裾からげして軒へ飛び込んできてな、見たら、傘ものうて、頭からずぶ濡れや。気の毒やと思て、『姉はん、そこでは濡れまっせ。よかったら、こっちぃ入って、待ちなはれ』と声をかけたんやな。ほたら、恥ずかしそうに『へぇ、すんまへん』いうて、入ってきてな。‥ほいで、髪のほつれやら直してるとこ見るとな、これがなかなかのべっぴんさんで‥何を笑うてんのや。そら、今と違うわぃな、若い自分や。茶いれて『まぁ、どうですか』と、差し出した途端に、雷がガラガラガラー、ドッカーン!『あれー』と、わいの体にしがみついてきた。『何にも怖いこと、あらしまへん。わたいがついてま‥』と、しつかりと支えてるとな、髪のほつれがこう鼻のあたりへきてな、鬢付けがブーン、ひょぃと下向くと、裾が乱れて燃え立つような緋縮緬の長じゅばんが見えたぁんのや。もぅ、それからはなるようになってしもてな。それで、所帯を持ったと、こういうわけや」
「へぇー、わからんもんでんなぁ。ほたら、わたいも、そのにわか雨の時に、後家はんをひっかけたらよろしいのやな」
「そうや」
「実は、わたいとこ、その軒がおまへんのや。この家、貸しとくんなはれ」
「貸しとくんなはれて、いつ雨が降るや、わからんやないか」
「いつ、雨が降るかわからんて、今から、降りまへんか?」
「そんな器用な事ができるかいな」
「へぇ、ここらが現代で」
「なんぼ、現代でも、できる事とできん事があるがな」
「そやかて、この間、観た活動写真、弁士がね、『さぁ、次は雨が降ります』いうたら、降ってきましたで‥」
「活動といっしょになるかいな」
「あきまへんか」
「無理やな」
「ほたら、しょうがおまへん」
「あきらめるか」
「いえ、あんたとこに居候しますわ」
「おいっ、勝手に決めなや」
 わぁわぁ言うておりますうちに、雨が降ってまいりましたな。ここらが落語で‥。
「わぁーっ、ちょうどええ具合に雨でんがな。ほな、家、借りまっせ」
「そらまぁ、かかが留守やさかい、ええけどな‥」
「後家はんは、後家はんは‥‥と」
「喜ぃ公、上見て、何してんねん」
「いや、後家はんが降ってこんかと思うてね」
「アホ、人間が降ってくるわけないやろ」
「はぁ、よう考えたら‥」
「こういう、アホや‥」
「後家はん、後家はんと‥‥、こらっ、男は寄るな。男ばっかり寄りゃがんね。おなごはん、おなごはんと、‥‥おばんは、向こ行き、おばんは。何で、ちょうどええのんが来ぃへんのやろな。‥‥、おーっ、来た、来た。年の頃は三十二、三やな。源やん、ちょっと隠れててや」
「あのぅ、えらいすんまへんけど、軒をお借りします」
「へぇ、あの、雨が強うなってきました。よかったら、中へ入って、待ってはったらどうでやす」
「さよか、えらいすんまへん。ほな、お言葉に甘えて‥」
「あがってきた、あがってきた‥」
「ほな、休ませてもらいます」
「あのぅ、お茶でもいれまひょか」
「いえ、そんな、おかまいもなく‥」
「えぇーっと、湯呑があれへんな‥」
「喜ぃ公、水屋、水屋‥」
「あの、誰ぞ、いたはるんですか」
「いぇ、別に、独り言、独り言‥、お菓子もあるわ。このお菓子、なかなかいけまっせ」
「こらっ、喜ぃ公、それはあかん、それは‥」
「あの、誰ぞ‥」
「いえ、ネズミ、ネズミ、しいーっ‥‥、おかしいなぁ。雷が鳴るはずやのになぁ‥」
 と、ぶつぶつ言うてますところへ、お埼さんが帰ってまいりました。
「ただいま、まぁ、何でんねん。喜ぃさん、わての留守に、こんなおなご引っ張り込んで‥」
「いや、雨宿りに来なはったんやで」
「うちの人は、何処にいてますのや。うちの人は‥」
 わぁわぁ、言うておりますと、
「あの、わて、もうこれで居なしてもらいます。お世話になりました。おおきに、さいなら、ごめん」
「ちょ、ちょっと待って、待って。まだ雨が降ってまんがな」
「いぇ、わてのうちにも雨宿りがあるかもしれまへんので‥」

                        1977年3月21日 脱稿 
 このサゲは、当時、古書店で見つけた、楽々社の「落語選集」に載っていた雨宿りという小噺を使いました。この古書は、1953年1月30日の出版でした。




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