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お局さま誕生秘話


単行本を書き下ろすことは決まった。

さて、テーマはなんにするか。


当時女子大生ブームはもう終わっていた。

いっぽう『週刊文春』では「OL向上委員会」という、OLにアンケート調査をしたり投稿を募ったりしてOLのライターが構成する見開きページがあった。

これがとても面白かった。

構成している人たちのセンスがよかったのだ。


次はOLブームがくる、もうきているのかも、と思った。

わたしも数年前に『週刊朝日』で「OL コンサイス」を連載していた。

OLの会社生活の面白がりかたにはウィットが効いていて、プロフェッショナルな根性も感じられる。

よし、OLの日常をテーマにしよう。


決断の早いわたしだが、なんといってもOLの経験がない。

あとでわかったことには、会社の常務と専務のどっちが偉いか知らなかったのだ。

いま聞かれても答えられない、というか、たぶん逆をいってしまうだろう。


しかし、幸いなことに、わたしは中学高校が女子校、大学も女子大。

28歳当時にはまだほとんどのともだちが現役のOLだった。

とにかく電話を掛けて聞いてみよう。

その日から、親しいともだちにつぎつぎ電話を掛けた。


本を書くことになったから話を聞かせて、というと、みんなよかったねえ、と喜んでくれた。

「でも、わたしのところは普通の会社だから、なにも面白い話がないの。役には立てないと思う、ごめんね」

これもみんながいうことだった。


「そうなんだ。ただ、わたしにはOL経験がないから、基本的なこと聞かせて欲しいの。朝出社したらまずなにをするか、とか」

ほんとうにわからなかったからそういう聞きかたをしたのだが、そこから出てくる話は、普通どころかすべて面白かった。


女子大の日本文学科で仲よくなったH美さんというともだちは、流通関係の会社の人事課に勤めていた。

大学時代から、ちょっとした受け答えにも洒落としての皮肉っぽさがあって楽しい人だった。

彼女の部署には山口さん(仮名)というOLの先輩がいるという。


「彼女独特のチェックポイントがたくさんあって、それをクリアしてないとお説教されるの」

「それは怖そう」

「怖いし、煙たいのね。それで陰で『山口の局』って呼んでるの」

「あはは、面白い。『お局さま』だね」

「そうそう」


この会話で生まれたのだ、「お局さま」が。

H美さんの部署に山口さん(仮名)がいなかったら、H美さんが洒落の利いた人でなかったら、彼女とわたしが日本文学科卒でなかったら、この単行本の企画がなかったら、わたしがH美さんに電話を掛けなかったら、「お局さま」は誕生していなかった。

そしてなにより、H美さんが「山口の局」という呼び名をひそかにつけたことが素晴らしい。

彼女の発想がすべてだ。


この会話の後で電話したともだちには必ず「お局さま」の話をした。

すると全員が「うちにもいるう」というのだった。

そこから出てきた話がまたぜんぶ面白い。

こうして「お局さま」はこの本の核の一つになった。


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