書籍の編集へ
27歳、わたしは結婚した。
それを機に10代からお世話になった週刊朝日編集部をおいとまし、神保町にあった編集プロダクション「アルク」に週三日のアルバイトとして雇っていただいた。
新婚旅行から帰った翌日に出社するものの、すぐにインフルエンザで倒れ、仕事を始めたのは次の週だった。
社長は秋山晃男さん。
青土社から独立されて、音楽関係の出版に特化したアルクを始められたそうだ。
クラシック音楽を愛しておられるせいか、声と話し方はまるで指揮者のそれのように音楽的でノーブルだった。
その上、容貌はグスタフ・マーラーそっくり。
先輩は学習院大学の国文科の大学院を出た男性の編集者と、東大の法学部出身の同い年の男性、事務のアルバイトの20歳の女性だった。
全員物静か。
音楽関連の書籍と音楽会のパンフレットの編集がおもな仕事だった。
週刊朝日の編集部との違いが興味深く、出社するのが楽しかった。
しばらく雑務をこなした後、秋山さんから最初に渡されたのは、単行本一冊分の原稿の束だった。
ある作曲家の夫人の回顧録といった内容。
「ぜんぶ読んで、章立てと小見出しを考えてみてね」
秋山さんは簡単そうにおっしゃる。
手書きの原稿で100枚以上。
かなりの推敲も必要だった。
朱を入れ、付箋を貼り、著者に確認が必要な部分についてメモを取る。
原稿用紙に鋏を入れて、新しい原稿用紙に貼り、章を作ったりもする。
初めての単行本の編集は相当に手強かった。
そして、マーラーこと秋山さんは、見かけ以上に男っぽい方だった。
熱血指導が始まって、それまでスイスイスーダラやってきたわたしは、編集者として文章と言葉に本格的に取り組むことになった。
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