一生物
「山藤章二の似顔絵塾」の単行本が出版されたのは82年の11月。
わたしが大学を卒業した年だ。
出版局の「図書」という部門の天羽さんは、似顔絵塾が始まったときから「これは単行本にできる」と思っていたそうだ。
モノクロで始まってからの24週分、掲載時の入選6作に次点24作を加えて編集した。
あわせて各週の入選作のモデルから一人を選んで、山藤さんが巻頭の「塾長あいさつ」でいったところの<描かれた側の感想、反論>を収録。
なかほどにはさまれた「特別講座」のモデル3名も含めて27名に、天羽さんとわたしが手分けしてインタビューした。
似顔絵に描かれて読者も似ている似ていないと楽しめるということは、モデルはメジャーな人ばかりだ。
第1週は野坂昭如さん。
『火垂るの墓』の野坂さん...
「週刊朝日」での修業7年で、メジャーな人には慣れているつもりでも、天羽さんから割り振られるインタビュイーは大物ばかり。
さすがのわたしも怖気づくが、天羽さんは「できるできる」と信じて疑わない。
デフォルメ激しい原画を持たせて、わたしをどんどん送りだすのだ。
インタビューして16字×10行にまとめたら、インビュイーにコピーを送ってチェックしてもらう。
修正を反映させて入稿。
吉行淳之介さんにもわたしがインタビューした。
原稿にしてコピーと返信用の封筒を送る。
すぐに返送してくださった。
わたしが名前の下に「行」と書いたのを、斜線で消すのではなく、上から筆を足して「様」に直してあるのが、なんだか吉行さんぽいね、と母と話したものだ。
開けてみると、コピーの余白に
「よくまとまっています。これでO.K.」
と書いてある。
本文には二箇所朱が入っていた。
「…曲がってますなぁ」の「ぁ」を「あ」に。
「不愉快になるとは限らないね」の「は」を「も」に。
長音の表記と助詞。
小さい「ぁ」より「あ」のほうが品がいいし、「限らない」なら「は」ではなくて「も」だ。
深く納得した。
以来、小さい「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」は使っていない。
語尾の「ょ」も使わない。
助詞には十分に気をつける。
書いているときも、見直すときも、助詞を意識する。
他の誰でもない、吉行淳之介さんの朱だ。
一生物の宝物。
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