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遠くが見える日


篠山紀信さん撮影の「女子大生表紙写真館」。

当時「週刊朝日」の目玉といってもよかっただろう。

なんといっても宮崎美子を輩出した企画だ。


編集委員の平泉悦郎さんが担当になり、わたしも裏方を手伝うことになった。

応募の手紙と写真を1枚のルーズリーフにに切り貼りする仕事から始めて、選考当日の手伝い、撮影前日に上京してきた地方の女子大生を半日東京案内して、旅館にいっしょに泊まり、翌朝撮影現場に送る、なんてこともした。


選考は、朝日新聞社の会議室で行われた。

合間の休憩時間に、篠山さんと話をした。

導入部はいま書くとちょっと差し障りがあるので割愛。

とてもお茶目な方なのだ。


会議室は最上階に近く、窓が大きい。

わたしは以前から思っていたことを聞いてみた。

「曇りの日って、遠くが見えますよね」

篠山さんは、明るく「そんなことないよ」とおっしゃった。

「晴れた日のほうが遠くが見えるよ、明るいもん」

その日は晴れていた。

そうか、篠山さんはそう思ってるんだな、と話題を変えた。


3年後、わたしは嵐山光三郎さんの出版記念会の二次会に出ていた。

人形作家の四谷シモンさんと並んで座っていると、向かいに荒木経惟さんがやってきた。

シモンさんとわたしの写真を撮るといい、わたしに笑うなといったり、テーブルの上で指を伸ばしてといって割り箸を添わせて置いたりした。

シャイな東京の男の子みたいな人だと思った。


それで、聞いてみた。

「曇りの日には遠くまでよく見えると思いませんか」

荒木さんは丸い眼鏡を上げていった。

「あっ、見えるよね。曇りの日」


「電車から外を見てると、曇りの日は遠くの送電塔の骨組みがシャープペンの芯みたいによく見えるんです」

「うんうん」

「近くのマンションも室外機の羽根のスリットが」

「そうそう、細かいところが見えるよね」


意見が合ったから荒木さんの写真のほうが好き、ということではなくて、二人の写真の違いが現れているのだと、勝手に思っている。

電車通学を始めて以来ずっと考えていたことを、二人の写真家に確かめることができるとは、なんと幸運なことだったろう。


東京はいつからか空が青くなった。

このころはまだ、空全体が和紙で裏打ちされたように曇っている日が多かった。

空気は汚れていたのかも知れないが、わたしはあの空が好きだった。


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