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家事代行業の社会的意義

ここ最近、心の病をお持ちの方から立て続けにご依頼を受けることがありました。

症状が症状ですので、作業をする部屋の中で会話がはずんだりはしないのですが、少なからず作業が終わるとお客様も安堵したご様子なのが見て取れます。

体調がすぐれない時に赤の他人を招き入れるというだけでもストレスでしょう。けれど、「部屋がありえないほど汚部屋になっていて自分ではどうしようもない」と、断腸の思いで家事代行を依頼なさったことと思うのです。

私自身、こんな仕事をしているのに、疲れすぎて家事ができないことがあります。そんな時に、子供が皿洗いを買って出てくれるだけで泣くほど嬉しくなった経験があります。

家事はわりと軽んじられる仕事ですが、これほど大切で自己肯定感を育むものもありません。ましてや家電製品が複雑化し機械に疎い人には難しい商品も多い中、日々の生活を送るだけで戸惑っている人も多い様子。

社会ルールと社会構造がズレ始めているのも気になります。
例えば、夜勤仕事のある人が、なかなか朝のゴミ出しに行けずゴミ屋敷化してしまう。掃除機を掛けようにも近隣から音の苦情が出てしまう、などなど。
寛ぐための「家」が、息苦しい場所になってしまうと、息を抜くこともできない人生を過ごさないといけません。

家事代行業は「生活関連サービス業」というジャンルに分類されるのですが、私はかねてからこの仕事は医療や福祉業なのではないかと思うんですよね。

心が病んだ人に、一番必要なのは、家の中の立て直しではないかなと思います。

ゴミを全部集めてしかるべき方法で処理し、スッキリさせてあげる。
キレイになった家を見ただけでヤル気が漲ってくる。
ホッと寛げる。
家にいることが嬉しくなる。
自分を許せるようになる。

心の病の場合、いきなり「病院に行ってみましょう」とか「市の相談ダイヤルに電話して…」というのは結構ハードルが高いと思うのです。
公的支援がなかなか入りづらいところてすが、意外な盲点として家事代行くらいなら、入り込む余地があるのかも、と思ってしまいました。

「寝てていいよ、ゴミだけ片付けとくから」
「窓開けて掃除だけやっておきます。家のモノには手はつけませんから安心して」

そんな方法もあるかもな〜と考えてしまいました(浅はかですが💦)







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