運動の話

運動とは動かして運ぶこと。
読んで字の如くです。人間が行動する事は全て運動をしているという事でもあります。運動不足だと思っている人も、実は身体の筋肉達は常に運動をしています。
でも運動不足で体調が悪くなるじゃん。そう思う人もいるでしょう。
運動の方法は様々で、全ての方法に一長一短があり、この運動をしていれば間違いない。といった事はないものと思ってください。
ここでは筋と関節の運動についてお話していきましょう。

筋肉の目的とは何なのでしょうか?
筋肉の本来の目的は関節運動を行わせることです。
関節とは、その関節固有の可動域を持ち、関節によって様々な動きをします。その動きは筋の収縮によって得られ、一方の筋肉が収縮する事により可動を始めます。
肘や膝は屈曲(曲げる)と伸展(伸ばす)、という2方向の単純な運動の為にたくさんの筋肉が働きます。一つの動作に対して複数の筋肉が協力・拮抗し、その関節運動を完成させています。
つまり筋肉とは、関節運動を円滑に行わせることが最大の目的になります。
あたりまえだと思う方もいらっしゃると思われます。が、しかしこのあたりまえが出来なくなっていることが運動不足による体調不良の引き金になっているのです。

運動不足による体調不良なのに実は筋肉は運動をしているといいましたが、筋肉の収縮には遠心性収縮と求心性収縮とがあります。一般的な収縮とは求心性収縮を指すのですが、求心性収縮とは筋肉が収縮する事により短くなること、体の中心に向かって収縮する事です。遠心性収縮とは、筋肉の長さは伸びていて一見伸長しているように見えるのですが、筋内では伸長に反して収縮が起きている状態を指し、腕相撲で負けそうな時をイメージしてください。この遠心性収縮は筋にとって一番負荷の強い状態で筋破壊を最も起こしやすい運動です。その為、筋トレの際には自分の限界を超えた負荷を行うと筋肥大に繋がるわけですが、解って行っているのならまぁいいでしょう。しかし、デスクワークや同じ姿勢で作業を繰り返さなければならない人達は知らずにこの遠心性収縮を強いている事があり、自身では運動をしている認識などは当然ないわけです。例えば頭の重さは首や背中の筋肉によって支えられています。重たい頭を一定の位置で固定するというのは、とてつもない負荷が筋肉にはかかっているのです。この状態が反復・継続することにより次第に筋は疲労し筋スパズムを惹き起こします。いわゆる『コリ』の状態です。人体のバランスは静止した状態で得ることは難しく常にゆらゆらと動いているくらいの方が安定します。しかし、一点を見つめて作業していると筋はずっと緊張しなければなりません。加えて頭の重さは重力によって下に落ちて行こうとします。筋は知らずに引っ張られ遠心性収縮の体を成してしまっています。
デスクワークなどで起こる筋スパズムは多岐にわたり、たくさんの筋に起こり得ます。スパズム状態の筋は酸性に傾き、アシドーシスとまでは言えないが筋は次第に劣化していきます。劣化が次第にひどくなり筋を損傷してしまった状態を柔整用語では『亜急性損傷』と呼んでいました(亜急性損傷についてはまた別でお話しします)。この状態になるとなんか痛い、なんか優れないといった状態から徐々に痛みが増していきます。
ここで運動を軽度に入れていくのは方法として決して間違ってはいないのですが、正しく動かせないことも多く、やりすぎたことによる悪化や使い方を間違えた結果、新たな損傷を招くこともあります。運動を取り入れるのであれば出来るだけ早く、痛みに代わる前に取り入れましょう。

我々の業界ではストレッチをとても毛嫌いしている先生がいますが、ストレッチを痛くても無理やりに伸ばすと、この遠心性収縮により筋を痛めてしまう事が多いというのが一因として挙げられます。私としてはストレッチもやり方次第では有効であり、競技によっては不可欠なものであるが、前述したとおり間違ったやり方はお勧めしていません。痛くなく気持ちいい程度の強さでゆっくり時間を掛けてください。
しかし準備運動には不向きで、筋には大きな負担であることも知っておいてください。

筋肉の運動により熱が産生されます。冷え性の方は、どんなに外部から熱を与えても温めている最中は良いのですが、冷え性が改善することはありません。もちろん外部から熱を与えることを無駄とは言いませんが、筋肉を動かすことから始めてみるとより良い結果に繋がるものと思われます。

また、筋運動により、特に下肢に於いては浮腫みの解消に繋がります。浮腫みとは細胞外液と呼ばれる血漿や組織液・リンパ液などが停滞した状態を指し、この浮腫み成分を老廃物である蛋白などの代謝産物と結合し排泄が困難な状態になり、セルライトを形成していく一因となります。
浮腫みの原因として重力があり、重力に逆らって上へ上へとリンパ液を持ち上げなくてはなりません。しかし、リンパには心臓のようなポンプもなく、重力に逆らう事は大変な作業になってしまいます。ここで筋肉に運動が起こると筋の収縮によりポンプの作用でリンパ液を持ち上げることができ、浮腫みの解消に繋がります。また、末端まで下がった血液も同様です。広義の動脈は通常心臓のポンプによって末端までスゴいスピードで搬送されます。当然ガス交換が行われた後、静脈へと運ばれ押し出されるように心臓へ戻っていきます。しかし、心臓のポンプから一番遠い場所、特に下肢ではそのスピードは停滞してしまいます。静脈は動脈とは異なり、逆流を防ぐ目的の為、静脈弁という弁を持っています。その為、特に下肢では停滞を起こしてしまうと静脈瘤を形成しやすくなってしまいます。なので筋運動のポンプ作用を利用し、血液の戻りを助けてあげる事が必要になります。

少し話が逸れましたが、関節運動に戻ります。
筋の運動により得られた関節は主に末梢の骨を動かし関節運動を完成させます。通常筋肉は関節をまたいで停止され、関節の周りは筋や腱で覆われています。筋収縮をエコーで観察すると関節運動を伴わない等尺性運動を行った時と関節運動を伴った等張性運動を行った時とを比べてみると、筋の滑りが圧倒的に違う事が観察されます。この事から運動の効率の良さは関節運動を伴った方が高いと思われる一方、過度の負荷が掛かると関節への負担が大きくなることもあり、運動を始める際には軽めに等尺性運動から始めると安全です。しかし、等尺性運動も過度に力を入れて行えば負担は高くなりますので、最初は軽めに行ってください。
運動に慣れてきたら徐々に関節運動を伴った運動へと進めて下さい。
関節運動を伴った運動を何故推奨しているかというと、関節の可動域を最大に動かすことにより、その運動に伴う筋肉が収縮と伸長との両方が得られるという事です。関節運動にはその動きを主動する主動筋、その動きを協力する協力筋、相反する動きをする拮抗筋があり、その全てが仕事をすることにより完成します。この時に負荷を掛けていく事が筋力トレーニングなのですが、先ず、負荷を掛けずに行ってください。ゆっくりで構いません、力を入れずに、関節を可動域いっぱいではなく動かせる範囲からで結構です。可動範囲は動きが入って関節が温まると次第に拡大していきます。回数も最初からたくさん行わないで下さい。先ずは動かすことから始めましょう。
筋の滑りが大きいほど収縮による作用で老廃物の排出や血流の改善が起こります。負荷がなくても問題ありません。動かした筋に熱が帯びてきたくらいで終わりにしましょう。
関節はその可動域を正しく使う事が大切であり、筋のバランスが崩れると関節を痛めてしまいます。関節の損傷や変形は健康寿命を短縮させ、つらい生活を送らなければなりません。先ずは関節を健康的に正しく使う事から始め、その関節の機能を正常に保つ事を第一の目標にして頂きたいです。

昨今のスポーツトレーニング界隈では筋力を過度に増強する事が持て囃されています。肉体美=健康といった図式で宣伝され、筋骨隆々こそが素晴らしい様に謳っていますが、果して健康なのでしょうか?
先に述べましたが、偏った筋力トレーニングは関節運動を妨げる事もあり、過度に発達した筋により正常な関節運動が行われない事もあります。
過度なトレーニングを行うと筋肉は極度の疲労・破壊が生じます。
筋肉には筋細胞(筋繊維)とその周囲に衛星細胞という細胞があり、衛星細胞が破壊されることにより分裂・増殖し筋肥大に繋がります。
増殖を繰り返すことにより染色体にあるテロメアが減少し老化を早め、思いもよらない結果になってしまうのではないかと考えているのは私だけなのかもしれませんが、杞憂に終わることを願っています。
肥大した筋は筋力を増し、より強い力で末梢の骨を引き寄せます。しかし、腱の太さは変わりません。腱とは筋の末端に繋がっている組織で筋とは異なり収縮はしません。とても強靭な繊維で数百Kgの負荷にも耐えうる腱もあのます。腱は筋から骨の中に根を下ろし筋力で引っ張られ骨を引き付けます。疲労骨折などで知られているように、過度な負荷が反復して骨部に掛かると骨組織は離断されます。疲労骨折が起こる手前まで負荷を掛け炎症(骨膜反応)がでた状態でトレーニングを休み、また繰り返すという事を続けることにより、関節や骨の変形を促してしまいます。
トレーニングを頑張った結果不健康になってしまう事もあるのです。

トレーニングに伴って栄養管理をする人も多いはずだと思います。これは本来素晴らしい事であり、自己管理を実現した見習うべきことなのですが、残念なことにその全てが商業をベースとして考えられ本来の栄養管理とはかけ離れています。
トレーニングを指導する人たちはとても勤勉で、より良い方法をいつも考えています。そして筋肉にとってとても素晴らしい栄養状態を提供しています。筋肉にとってです。
しかし、健康にとっての栄養管理ではありません。
最近のテレビCMなどでは脂肪と糖はまるで悪者です。炭水化物なんて食べてはいけないもののように扱われています。
しかし、脂肪も糖も蛋白質と並び3大栄養素です。どれもとても重要な栄養素であり、炭水化物に至っては食物繊維と糖とが同時に摂取できる優れものなのです。問題は量なのです。どの栄養素も必要であり、摂取量をコントロールする事が肝心であり、制限=0 ではないと認識してください。細胞は主に酸素と糖と水が必要であり、筋繊維もまた細胞です。
蛋白質は筋肉の材料であり、糖が足りなくなれば蛋白質から糖を作ります。なので糖が不足してしまえば細胞は代謝が出来ず、トレーニングをしているにも関わらず筋量の減少・破壊が行われていきます。また、脳はブドウ糖を大量に消費します。筋トレで消費しすぎた糖は脳の栄養が不足し、比喩表現でアイツは頭も筋肉だといわれてしまう結果になります(注:脳が筋肉に置き換わることは当然ありません)。脳に糖が足らなくなってしまえば、他から持ってくるしかありません。脂肪から持っていくのでダイエットになるのですが、全てが脂肪だけから補われる訳ではありません。ですのである程度の糖の摂取というのは絶対的に必要なのです。
脂肪の摂取も同様です。脂肪はとても高エネルギーな物質で食料が不足している状態ではとても効率の良い食べ物です。しかし、現代では今のところ食料供給も安定はしていますので、食べ過ぎるのは当然論外です。最近ではコレステロールへの考え方が是正せれ、LH比に重点が置かれるようになり、また日本人はコレステロール値が比較的高い方が健康であったという話も耳にしました。コレステロールは細胞膜や神経・ホルモンの原料としてとても重要だといわれ、なくてはならないものです。しかし、中性脂肪はやはり注意が必要で、過剰に摂取した栄養素はやがて中性脂肪などに変換されます。どの栄養素も加減が大切ですね。
そして蛋白質。これも生きていくには不可欠な栄養素であり、筋肉の材料のほか、様々な影響を人体に与えます。蛋白質は摂取後アミノ酸に分解され様々な働きをするのですが、ここで問題にしたいのはやはり摂取量です。過度なトレーニングで必要となる蛋白質は補う必要があります。しかし、過剰摂取となると話は別です。過剰摂取した蛋白は一部糖にに変換され脂肪へと蓄えられます。しかし、そのほとんどは腎臓を介し尿から排泄されてしまいます。蛋白の分子は大きく、腎臓の糸球体を破壊してしまい、過度なトレーニングによ負担のかかった腎臓をより高負荷にさせてしまうのです。毎日過度なトレーニングを行っている人で尿たんぱくが出ている人は直ぐに見直してください。最近ではプロテインに使用されている蛋白質は別物だと訴えている医師もいます。生化学の観点からはどうやら違うのだそうです。この点については詳細までは知り得ていませんので何とも言えませんが、可能であれば食事からの摂取で間に合うようなトレーニング内容に留める方がいいのではないかと思います。

先程申し上げましたが、筋トレを生業としている方は勤勉な方が多いです。とても熱心に勉強されています。門外漢である私よりも高度な知識でご指導をされているかとは思いますが、是非栄養指導はプロテインを売ることに尽くさず、正しく指導して下さることを祈ります。

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