創作ツールに気持ちは不要
読んだ。
このまとめは多くの主張が入り混じっているので、それぞれ分けて考える必要がある。今回俺が取り上げるのは、タイトルにもあるこの辺り。
AIが「好き」を再現しないことには、創作と呼べるほどのクオリティには達しないというこの主張である。はっきり言ってこの考えは間違っていると思う。なぜなら既にコンテストで優勝しているからだ。
しかもこの2件は最近の話ではない。前者は2022年8月、後者は2023年4月の出来事だ。画像生成AIによる作品は、既に空想と実写の両方でその価値を認められているわけだ。ついでに文章でも既にAIを活用した作品も認められていることを示しておこう。
そういえば科学論文の世界でも認められていた。さすがにこれは認めて欲しくなかったが。
論文は冗談だが、ともあれ既に生成AIで作成された創作は既に認められているわけだ。つまり冒頭の主張は現実と食い違っている。
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