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ミーハー記念日第1回 道を行く人〜大槻ケンヂさん〜

「道を行く人」

ある秋の事である。
僕はいつもの様に行き詰まっていた。
数カ月前から漫画を描き初めたが貧困な人生経験のためおもしろいものが描けない。少し描けそうかな?と思ってもすぐに行き詰まる。
そこで、
「この現状を打破しなくては!」
という思いから僕は今まで経験したことのない世界を覗いてみることにした。

数十分後、僕はマジックミラー越しに女の子を選んでいた。場所は山手線の恵比須駅前にある「N」という店である。
カンのいい方はもうお気付きかもしれないが、この店はいわゆる「風俗店」というやつである。
僕はあくまでこれまでの自分を打ち破るためにここへ赴いたのだった。決して目先の欲望のためではない。これまでの不甲斐ない自分を⋯である。

フッフッハー

数十分後、店を出た僕は電車にも乗らずにフラフラとあてもなく街を彷徨った。
「なんだよぉぉー、こんなもんかよう、若い客は喜ばれるんじゃなかったのかよぉ!ミユキさんほんとにプロかよぉ!?」
そんなことを思いながらコンビニに立ち寄りその手の雑誌に目を通すと、お店での楽しみ方のコツなどが書かれたページがあった。が、時すでに遅し、である。
コンビニから出た僕は家に帰るつもりでとりあえず渋谷方面へと歩き始めた。
「初めてなんて言わなきゃよかったのかなあ?1万2千円、元とってねーよ!人生経験にもなんないよ、この程度じゃあ」
やはり経験とは金で買えるものではないらしい。やり場のない想いを胸に代官山を経由し、渋谷駅に向かってとぼとぼ歩く。
途中何度もすれ違う同年代のカップル達が遠い世界の人々に思えた。これからどうしようか。このまま家に帰るのはあまりにツラい。
ろくに前も見ず、うつむきながら歩く僕の耳にふと聞いたことのある声が飛び込んできた。のほほんとして、のんびりとした、角のない、まあるい声だった。今すれ違った二人組の内の1人の声らしい。
僕は振り返り、その二人組に目をやった。二人は信号を渡ろうとして立ち止まっている。僕は「魂の浄化を!(意味不明)」とばかりに手前に立っている帽子をかぶった人物に近づき声をかけた。

「あの、こんにちは。大槻ケンヂさんですよね?・・・今朝、ちょうどアルバイト雑誌のコラム読みました」
僕は自分で声をかけておきながら、あまりに唐突な事なので雑誌名を思い出す事も出来なかった。
「あ、フロムAね」
彼はまあるい声で答えてくれた。このとき振り返った彼の顔には確かいつものヒビの様なメイクはなかったと思う。
次に何を話そう。握手か?サインか?違う、そんなもんじゃない。
僕は言った。
「今、生まれて初めてヘルスに行ってきたんですよ」
「ほお、どこのだい?」
まあるい声で彼は僕に訊ねた。
「恵比須の駅前です」
「で、どうだった?よかったかい?」
「・・・あんまりでした」
「・・・そうかあ」
「初めてなんでよくわからなくて」
と言ったところで信号が青に変った。
「あ、どうもありがとうございました」
と僕が言うと2人は歩き出した。
隣にいた男性はあきれた様子で笑っていたが、大槻さんは横断歩道を渡りながらこちらに手をあげて言った。
「じゃ、今度ソープも行くといいぞ」
(そうか、ソープか!)
僕は2人の背中を見送った後で今度は意気揚々とにぎやかな渋谷駅の方へと歩き出したのだった。

渋谷駅のすぐ近くまで来て僕は時々立ち寄る書店に入った。
「大槻ケンヂさんと話しちゃったなあ」などと思いながらしばらく店内をブラブラした。
音楽雑誌のコーナーでそこにある本を眺めた後、ふと僕の隣で真剣に本を見つめる人物の存在に気がついた。見た事のある横顔である。キレ長の目、スッと通った鼻筋・・・!!93年に「さよなら」でブレイクしたハスキーボイスの女性シンガー、GAO!・・・ではない。似ているが違う。最近よく見る顔で、ミュージシャンだということは確実なのだが思い出すことが出来ない。
しばらくしてその人物がその場を立ち去ったあと、そこにあった音楽雑誌を手にとった。すると、何と!先ほどの人物が表紙を飾り、巻頭特集でしかもポスターまでついている。彼は「Sophia」のボーカル松岡充氏だったのだ。

———— 魂の浄化を!————

と、彼の後を追う事はさすがにしなかった。

このとき僕は大槻さんによって完全に満たされていたのだ。
僕は書店を後にして再び渋谷駅へと向かった。
陽もすっかり落ちた後だったが秋の風はこの時あたたかくさえ感じた。

この日、僕は確かにミーハーだった。

※このテキストは2000年頃に執筆し、2005年頃に某出版社から発行される予定だったものです。15章ほど書いた後で出版が中止になりお蔵入りしていましたが久しぶりにnoteにて公開させていただきます。

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