部活 顧問 死ね で検索かけたそこの君へ。


作文コンペに出そうとしたんですけど、誤字脱字もひどいし、まず作文じゃなくてエッセーだし、ツッコミが多すぎるけど、「部活 顧問 死ね」で検索かけてる学生に届いてほしい気持ちで書きました。
最後の一文は流石にコンペには提出しませんでした。NOTE版の加筆です。でも、本心です。

 中学生の頃、部活動の顧問に虐められていた。思春期特有の、目に映る大人全てが悪者にみえてしまう尾崎豊節じゃない。当時の友人に「わたしって顧問から、虐められていたよね」って聞いたら「うん」と返ってきたから、自他共に認める虐めだった。
 顧問は所謂、好き嫌いの激しい、気分の上下の激しい、厳つい肩幅を持ったゴリラ体育教師だった。中学生だったわたしは、今よりも随分痩せていて小さかったから、(今はもちろんヘビー級だが…)物理的にも虐めに逆らうことは無理だった。
 わたしは球技が苦手で、努力はしていたけれど、部活の成績が芳しくなかった。それがきっかけで猛烈に顧問に嫌われた。所謂、パワハラ行為を受けていた。機嫌が悪いときも良いときも、人格を否定するような暴言が吐かれ続けた。思い出して書くことも、辛いような毎日だった。
 さらに、部活動のみならず、顧問が担当してた教科でも虐められた。クラスのみんなの前で暴言を吐かれるのは、いっとうきつかった。部活とクラスの、違うコミュニティの両方に介入され、逃げ場すら奪われた。成績評価にも響いて、五段階評価で体育だけずっと3だった。テストの点数は悪くなかったのに。受験期に顧問が教科担当だったらどうしよう、という焦りがあった。
 今思い返せば明らかな虐めだったけれど、当時は何と表現していいかも、よくわからなかった。なぜかずっと辛いままだった。
 今思い返せば、さっさと部活をやめてしまえば良かっただけなのに、結局わたしは引退まで部活を続けてしまった。
 でも、勉強がわたしを救ってくれた。この地獄から、絶対抜け出したいことだけ強く思った。勉強することくらいしか、その方法が見つからなかった。わたしは自分のベストを尽して、良い環境に進めるように藻掻いていた。
 それが報われて、進学した場所には、虐めをする人はいなかった。虐めがどんなに馬鹿らしいことか、知っている人たちばかりだった。楽しい学生生活を送った今、胸を張って自分は幸せだ、と言える。
 でも、どんなに今が幸せでも、誰より素敵な人間になっても、過去のことは忘れられない。わたしは今でも、中学の部活の夢を見てうなされることがある。うなされた後で、すごく不安になる。今でも、中学生相手に虐めをして生きている顧問の情景が目に浮かぶからだ。わたしと同じ思いをしている中学生がいることを考えるとゾッとするし、自分の子供がもし教員から虐めを受けたら、と想像するだけで恐ろしい。
 だから絶対、死にたいくらい辛いことがあるなら、今すぐその場所から離れて。「やめます」なんて言わなくていい。何も言わずに、あなたが死ぬほど嫌な人がいるところなんて行かなくていい。
 わたしが顧問から嫌われて、虐めを受けてることなんて、みんな知ってた。でも、そのまま時間が経つと「そんなこともあったね」って笑い話になっちゃうよ。わたしは今でも消化しきれない思いを抱えているのにね。
 わたしの辛い気持ちは、わたしにしかわからない。だから、自分で決めていいんだよ。誰も責任なんてとってくれないよ。我慢なんかして、いつか笑えるようになっちゃ駄目なんだよ。
 わたしは、弱い人や逆らえない人を虐めることが、どんなに馬鹿らしいことかわかる。わからない人もいつか、わかるようになってほしいと願っている。
 いや、嘘。わからないまま、孤独で寂しい人間のまま、どうか死んでいってください。それがあなたにお似合いでしょうね。

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